「単独登山は危険」(長野県警)
「通信手段を携行し、パーティーを組んで登山して下さい」(富山県警)
「単独登山は避ける」(岐阜県警)
「単独登山は厳禁」(山梨県警)
「単独登山はやめ、グループで登山しましょう」(静岡県警)
「単独登山はやめよう」(新潟県警・冬のみ?)
「単独登山を避け、信頼できるリーダーと行動しましょう」(群馬県警)
中部山岳地帯を管轄する各県警のHPは、「単独登山は危険だからダメ」と言う点、すべて一致しています。
もし遭難してしまったら、お世話になるわけですから、とっても無視できるものではありません。
入山口の案内板にババン!と書かれていたりします。
単独行の好きな私は、ゴメンナサイと思いつつ、看板の脇からコソコソと入山してしまいます。。。
2人以上に比べて、リスクが格段に跳ね上がることは、議論の余地がありません。
落っこちたときに通報してくれる人もいなければ、その場所だって本人しか知らないわけですから。
捜索にかかる迷惑は何倍にもなりうるわけです。
判断ミスだって、指摘してくれる人は誰もいませんし。。。
おまけに荷物は重いし、設営や飯炊きも全部自分ひとりで誰も手伝ってくれません。
でも、やっぱりやめられないんです、単独行。。。
なんで単独行がいいのでしょう?
自由度の高さや、人間関係のわずらわしさがないことは、今さら言うまでもありません。
まずはその判断が磨かれるという点。
ミスや手抜きが、すべて自分ひとりに跳ね返ってくるわけで、まさに自業自得。
となると、判断に慎重さと緊張感が加わってきます。
計画はいうに及ばず、現場での状況判断、そのほかすべて、些細なことまで…。
自由と責任は表裏一体ですから。
次に自分の力がよく分かる点。
計画からはじまって、すべての作業が自分にくるわけで、その負担は単独行独特の重さです。
ここまではできる、これ以上は無理だなぁ、これはちょっと苦手かも…。
それだけに、下山した後の達成感は、ほかに代えられない物になります。
(登頂にはあんまり達成感を感じないのもので…)
後で振り返ると、大事に至らなかったから良かったものの、自分の甘さが目に付いたりします。
最後に仲間や家族のありがたみがよく分かる。。。。。。
人の多い山に行ったのでは、あまり効果はないと思います。
別段、難しい山でなくてもいいですし、季節もいつだって構わないのです。
ですが、ほとんど人に出会わないような山での単独行でこそ、と言う気がします。
そして、そういう山が好きなんだから仕方がない…。
通常の生活で、人の気配を全く感じずに1日を過ごすことは、ほぼ不可能といっていいでしょう。
日程や山域を選べば、場合によってはそれが可能になるのです。
万が一、すれ違う人がいても、その人が単独だったら、なんだか不思議な親近感が沸くこともあります。
同じ行程だったら、全く無意味にほっとすると同時に、やれやれ…とも思います。
人っ子一人いないテン場や避難小屋で、静かな夜や朝を迎える。
すれ違う人もいない道を、黙々と歩く。
風の音、鳥獣の鳴き声、そして自分の足音…いつもよりも感覚が研ぎ澄まされていくのが分かります。
景色も何もかもひっくるめて、その場を独り占めしている感覚。
逆に言えば、自然の中にぽつんと自分ひとり。
その大きさや小ささを感じられそうな気がしたりします。
自分と向き合う、というよりも、そうせざるを得ない状態と言えそうです。
人の多い山や、グループ山行では味わえないことでしょう。。
「単独は危険」というのを、全否定することはできません。
ですが、単独行でなければ、得られないものがたくさんある、ということでしょう。
やっぱり、これからもやめられそうにないのです。。。
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テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ
- 2006/10/31(火) 19:28:32|
- 日々是好日
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ここのところ更新が止まっていました。
コメントなどへの対応も、同じです。
まあ、1人で山に行っていたわけで、しょうがないかなと…。
記録(?)は後ほどゆるゆるとアップします。
欲求不満もかなり解消、ずいぶんどっぷりと楽しんできました。
遅ればせながら、コメントなどにはこれから対応させていただこうと思います。
さて、帰宅したのは昨夕。
嫁さんや子供の笑顔とはしゃぐ声。
山が比較的静かだったせいか、一気に日常に戻った感じです。
このにぎやかな空間に戻ったとき、やっと家に帰ってきたんだなぁ…と思いました。
遭難なんか、やっぱり、していられませんね。
今日は朝から後片付けと家事がてんこ盛り。
「会社員」というよりも「兼業主夫」な状態。
遊んできたぶん、しなければならないこともこなさないと…。
午後もやることが目白押しです。
気持ちは満足感、体は若干の疲労感。
今日から通常の暮らしに戻ります。
テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ
- 2006/10/30(月) 13:04:59|
- 日々是好日
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山に行く理由。
山に行くのが好きだからにほかなりません。
何が好きなんだろう…と、自分のことを考えてみました。
山に行くときの高揚感、ずっと持続しますか?
危険に対する感覚とは別のモノです。
私には波があります。
ずっとハイテンションではいられません。
計画。
一番ワクワクするときです。
情報収集や日程・コース設定、装備・食糧計画…。
パーティーの際には、いろいろと意見が出て、それはそれで楽しいものです。
単独の時にはあれやこれや考え、パーティーのときよりも目移りしたりします。
準備。
買出しやパッキング。
ここはかなり億劫な時間。
めんどくさいなぁ…などと思いつつ、適当にザックに装備を放り込む…。
結局、パッキングはやり直さざるを得ないことが多いのですが…。
装備の新調。
決めるまではワクワクしますが、お金のことを考えると、とたんにユウウツになります。
消耗品のときは、ただ淡々と…。
アプローチ。
途中で、忘れ物なかったっけ?と、不安が少しずつ…。
現地調達できるものならいいのですが、そうでないものはちょっと困ります。
入山前最後のコンビニでは、ザックを開けてみたりします。
入山。
この日のテンションは、大体、最低レベル。
だらだらした登りが続くコース設定が多いからかと思います。
なんだか気分が盛り上がらないまま、行程を消化する感じです。
しんどいだけで、早く終わらないかなぁ。。。なんて思いながら歩くわけです。
設営。
テントを張ると、一気に弛緩していくのが分かります。
中に入ると、身も心もいっぺんでくつろぎモードに。
のんびりと飯を炊き、天気図をつけ…。
読書や仮眠など、ゆったりの時間です。
ほかに人のいないテン場なら最高です。
テント生活、山での一番の楽しみかもしれません。
ある意味で、最も山にいることを実感できる時間です。
撤収。
起きるのが、実はつらいのです。
シュラフから出ると、大体、寒いことが多く、このまま寝ていたい…なんて思います。
ま、それでも起き出して朝飯を食べ、テントを撤収。
出発するには少々気持ちの上での「どっこいしょ」が必要ですが。。。
2日目以降。
一晩寝た後は、歩き始めるとぐぐっと気分が盛り上がってきます。
3日目あたりに、ピークを迎えます。
初日のダラダラとちがい、ペースも順調になります。
核心部。
無条件にアドレナリンが出る瞬間があります。
この瞬間がなかなか忘れられないのです。
核心を抜けたときの達成感、なんとも言えないものがあります。
また、なんでもないところでひょんなことでドキッとする瞬間があります。
天候が急変したときなどもそうかもしれません。
たちまち、それは核心部モドキになります。
頂上。
なぜだか、最近はあんまりたいした感慨がありません。
さっさと下りに入ってしまうことが多いせいでしょう。
ここまできたら、もう登らなくていいや、みたいな感じです。
人が少なく、風の当たらない平らな場所に移動して、やっとゆっくり休む…。
頂上というのは、通過点に過ぎないのかもしれません。
核心部さえあれば頂上はなくてもいい、みたいなところはあります。
まあ、白馬岳主稜のように核心を抜けたところが頂上、なんてケースはまれですが。。。
沈殿。
最近は全くと言っていいほどしていません。
パーティーの時には、トランプが大活躍。
単独の時には、読書とラジオの時間。
1人だと暇をもてあまし気味ですが、嫌いではありません。
焚き火。
火をたく機会がめっきり減ってしまいました。
最高に至福のとき。
火に当たりながらのうたた寝…静かな幸福の時間です。
下山。
名残惜しさが残ることが多いです。
大体、下山日は晴れってのが多く、もう1日ぐらい…と思ったりします。
ただ、延々と何時間も下りが続くと、イヤになってきますが。。。
お風呂。
特に温泉でなくても全然いいのです。
松本駅前の風呂屋、おかめの湯でしたか。。。
もうなくなりましたが、よく通っていたものです。
富山駅前の観音湯はいまだ健在とか。。。
特にきつかった山の後、お風呂に入っていると、
「もういいや。十分楽しんだ。当分は山に行かなくてもいいや」なんて思います。
その気持ち、1週間も持続しませんが…。
自宅へ。
疲れた体を運びます。
明日からの仕事は…なんて考えると、またまたユウウツになってしまいます。
また、装備の後片付け、考えるだけで面倒になってきます。
汗水たらして運んだテントをはって…。
静かなテン場で火をたいて…。
山に登るというよりも、自然の中に浸っていることの方が好きなのかもしれません。
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- 2006/10/25(水) 17:13:26|
- 日々是好日
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日曜日には地元の山、ポンポン山。
こりずにまたまた…。
父子3人の我が家の男3人組。
嫁さんは、雑務が忙しく、留守番。
家を出るのがやや遅かったので、いつもの本山寺ルートではなく、出灰ルートへ。
ここは頂上への最短ルートですが、傾斜はややきつめで道幅もそれほど広くありません。
子供たちにとっては、初のルートです。
出灰川にかかる小さな橋を渡り、正午の入山。
民家の脇を抜けて、山道へ。

まもなく5歳になる長男(ビビリ)は、かなり快調。
細かいルートファインディング(?)を考え始めたようで、成長の跡が伺えます。
一報、3歳になりたての次男(根性ナシ)は…珍しく頑張るのです。
前半は人が変わったような勢いで登る登る…。
どんぐりや、曲がった木の枝、落ち葉を拾ったりしながら、にぎやかに進みました。
途中、標高549メートルの丸太ベンチで、おにぎりを食べ、チョコを食べ、ラムネを食べ……食べてばっかり。
後半は次男がさすがにぐずるのをなだめ、すかし、おだて…。
なんだかんだで1時半に頂上。
先に頂上に付いた長男が、「ここでおわりやで~」の声。
これを聞いたら次男も息を吹き返したのでした。。。
天候は曇り。
長居しても暑くも寒くもない頂上で、再び食べに食べ、こちらのおにぎりまで食べられてしまう始末。
子供は、気分次第で飲食物の消費量が大きく変動します。
今回、4個持っていったおにぎりも、結局私が食べたのは1個弱でした。
しかも、子供の食べ方は、昼飯というより、レーションに近い状態でした。
次からは5個か6個持っていかねば…。
走り回っているのを言い聞かせ、やっと2時過ぎに下山開始。
下りは次男は背負子に。
出発したとたん、寝息を立てて熟睡。
足元がやや崩れやすく、傾斜があり、道が狭いので、長男も慎重に。
ややこしそうなところでは手を引いての下山となりました。
一人を担ぎ、一人の手を引くと、結構、肩や腰に負担がきます。
終盤、長男の機嫌がだんだん悪くなってきました。
もうすぐ車道なんだけど…さすがに2人は担げないことを理解しているようで、時々しゃがみこむものの、自力で歩いてくれました。
次男が目覚め、しゃべり始めたこと、民家の屋根が見え始めたことで機嫌も直り、最後は飛ぶように下山。
橋に戻ったのが午後3時前でした。
やはり機嫌がいい状態でキープすることが重要なようです。
ちなみに、山と高原地図によるとコースタイムは登り50分、下り30分。
まずまずのペースでしょうかね。
テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ
- 2006/10/23(月) 14:18:25|
- 山日記
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昨日は中高年の団体さんについて書きました。
半分は心にもないことでしたが、半分は本音です。
で、今日は、本音の残り半分を書きます。
山岳会に入って、一から教わらなくてすみます。
教わるときに若造に偉そうに言われることもありません。
訓練!とかいって、しんどいだけってのもありません。
会の仕事とかの面倒もありません。会の仕事、時にうっとおしいのはわかります。
が、それはそれでしょうがない、とあきらめるほかはありません。
山をキチンと教わらないと、いけるレベルは限られてきます。
また、教わる方が我流よりも近道だったりもします。
訓練合宿、確かにつらい思い出しかありません。
ですが、今、それが生きていると実感できることは結構あるものです。
教わるのはイヤだけど自分のできる範囲内でやる、と言うのであれば、まだよしとしましょう。
知らないことを教わるのに、トシは関係ありません。
山の先輩は山の先輩。
山の年数や数だけではなく、その質も問われることは言うまでもありませんが。。。。
百名山とか有名なところにでも連れてってくれるようです。有名どころにいきたい気持ち、分からなくもないです。
が、マイナーなところにも面白いところがいっぱいあります。
ガイドブックなどで紹介しつくされたところにはない、驚きがあったりします。
人がゾロゾロ歩いているようなところよりも、誰も歩いていないところのほうが静かに深く自然に浸れることは多いのです。
登った山の数がどれほどの意味をもつのでしょうか。
「○○名山制覇!!」なんて言われても、私にはむなしいだけですが…。
1人で行く自信がなくても大丈夫、人数が多いとなんとなく安心できます。自信がなくて単独行をしないのは正解。
過信につながることもありません。
ですが、ただ「人数が多い」ことによる安心感、これは根拠がないのです。
極端な言い方ですが、烏合の衆が20人いるよりも、デキるひとが2人のほうがはるかに安心です。
何が安心の根拠なのかを、よく考える必要があると思います。
体力に自信がなくても、大丈夫そうです。
人数が多いと、自分より体力のない人だって、きっといるでしょう。
自分よりもっと年をとっている人だっていそうですし。体力に自信がなければ、選ぶべき選択肢は2つ。
トレーニングをして体力をつけるか、現状の体力に見合ったところにするべきです。
他人をアテにしてはいけません。
また、加齢による体力低下に関しても、同様です。
また、団体行動ですから、自分よりはるかに体力がない人がいたら、その人に合わせることになります。
見ず知らずの集まりであれば、びっくりするような人もいるかもしれません。
きっと、いやな思いをすることでしょう。
中にはトンデモな人もいるけど、いろんな人とも知り合えます。私は、トンデモな人とは山に行きたくありません。
ですから、同行者は選びます。
それと、山でトンデモな人とあいたくもありません。
これは選べないのがつらいところではありますが…。
中高年の遭難ってうるさいけれど、参加者の中の大多数派。
ごちゃごちゃとうっとおしいことを言う人はいません。その場で言う人はいないと思いますが、回りからはそう見られていることを意識すべきでしょう。
万が一、遭難でもしようものなら新聞に「中高年20人、山で行方不明」なんて、デカデカと書かれてしまいます。
山は完全に社会から別世界なわけではありません。
交通機関とか宿の手配などの面倒もありません。
バスに乗ってしまえば、乗り換えもありません。これも計画のうち。
調べたら誰でもできることです。
実は「計画」が自分では一番オイシイところのうちのひとつなんですがね…。
ルートとか知らなくても、ただ付いていけばよさそうです。
経験豊富なガイドさんや添乗員さんがいるから安心です。
お金を払っている以上、お客さん扱いでもあります。
あとは…ツアー会社設定の日程にあわせるだけだな!ルート、自分で決めるのが楽しいんだけどなぁ…。
そこから膨らむイメージ、想像するだけでワクワクしますが。。。。
いずれにしても、ルートも知らずに山に入るのは論外。
トンデモなガイド、けっこういるものです。
ガイドが経験豊富かどうかの判断基準、事実上ないも同然です。
添乗員にいたっては、いわずもがなな…。
ガイド協認定ガイドですら、死亡事故が起きていることは周知の事実です。
客扱いされたいのなら、もっと違う世界があると思うのですが…。
テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ
- 2006/10/21(土) 14:31:37|
- 日々是好日
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なぜ中高年の登山者は団体ツアーに群がるのでしょうか?
申し込みをしてお金さえ払えば手軽に行ける、というのが最大のメリットでしょうか。
山岳会に入って、一から教わらなくてすみます。
教わるときに若造に偉そうに言われることもありません。
訓練!とかいって、しんどいだけってのもありません。
会の仕事とかの面倒もありません。
百名山とか有名なところにでも連れてってくれるようです。
1人で行く自信がなくても大丈夫、人数が多いとなんとなく安心できます。
体力に自信がなくても、大丈夫そうです。
人数が多いと、自分より体力のない人だって、きっといるでしょう。
自分よりもっと年をとっている人だっていそうですし。
中にはトンデモな人もいるけど、いろんな人とも知り合えます。
中高年の遭難ってうるさいけれど、参加者の中の大多数派。
ごちゃごちゃとうっとおしいことを言う人はいません。
交通機関とか宿の手配などの面倒もありません。
バスに乗ってしまえば、乗り換えもありません。
ルートとか知らなくても、ただ付いていけばよさそうです。
経験豊富なガイドさんや添乗員さんがいるから安心です。
お金を払っている以上、お客さん扱いでもあります。
あとは…ツアー会社設定の日程にあわせるだけだな!
なんだかとっても魅力満載ってところでしょうか。
気になるページを見つけました。
暇な方はご一読を。
① ②
テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ
- 2006/10/20(金) 18:26:48|
- 日々是好日
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【概要】
丹沢山系の大山(1252メートル)に向かった家族4人が下山してこないと、16日未明、川崎市宮前区の会社員男性(54)が警察に届け出た。行方不明になったのは男性の妻の会社員(49)、ともにアルバイトの長女(24)と次女(22)、父の無職男性(86)=茨城県阿見町=。4人は15日午前7時30分ごろ、家を出た。自宅に残された行程メモによると、小田急線伊勢原駅からバスとケーブルカーを乗り継いで大山に登る予定だったという。4人とも登山用の装備ではなく、ジャンパーにスニーカーなどの軽装で少量の菓子しか持っていなかった。女性3人は、携帯電話を持っているが、家族がかけてもつながらなかったという。防犯カメラの映像から、JR登戸駅の改札を出て小田急線方向に向かったことは分かった。15日午前9時40分ごろ、大山登山道へ続くケーブルカーに乗っていたのを目撃されていた。18日午後0時55五分ごろ、捜索中のヘリが大山山頂から北東数キロにある沢の斜面で、白いタオルを懸命に振る女性を発見。4人を無事救出した。4人は15日午後、下山途中に道に迷い、その後3日間は野宿。沢の水を飲み、夜はたき火を囲み、交代で仮眠を取ったという。遭難の原因について、届け出た男性は「詳しく聞いてないが、父が違うルートに行ってみようという感じで行ったんだと思う」。また「(父は)三十代から登山をして、大山も何回か来ていた。妻と娘は経験もそんなになく、大山は初めてだった」と話した。また、一部では、救出された男性はヒマラヤ登山の経験もあるベテランで妻も登山経験が豊富だったと報じられている。
(朝日新聞、読売新聞、産経新聞、中日新聞、スポニチよりデータ引用・抜粋。全員の実名報道)
【考察】
ビバーク3日。
無事であったことはラッキーでした。
天候が崩れなかったことや、標高がそれほど高い山でなかったことなども、無事救出の要因でしょう。
86歳というご高齢、よくぞご無事で…。
と、喜んでばかりはいられません。
メディアは「無事でよかった」一色でしたが…。
一言で言えば、道迷い遭難に他ならないのです。
地図やコンパスについては触れられていませんが、持っていたのでしょうか?
今回に限らず、こまめな読図と現在位置確認。
あれっ?と思ったら、その時点で立ち止まる。
この作業の繰り返しで、道迷いはかなり防げる気がします。
86歳の男性、このパーティーの実質的なリーダーです。
最近は元気のいいお年寄りが増えているように思います。
半世紀近い経験が、今回役に立ったのかどうかはわかりません。
この人個人の経験や体力がどうなのかは分かりませんが、90歳近い方が…と思うと、複雑です。
若い人が支えて連れて行くのであれば、まだ判る気もします。
当然、同じ年齢でも個人差もあろうかと思います。
ですが、一般的に考えて、90歳近い人にリーダーを任せて山に入る度胸(?)。
残念ながら私にはありません。
テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ
- 2006/10/19(木) 15:00:58|
- 遭難カルテ
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【概要】
17日午後3時10分ごろ、女性の声で「三国トンネルの入り口近くを2人で登山中に沢に滑落した。一人は下の方に、私は途中で引っかかっています」と119番通報があった。現場は三国山(一、六三六メートル)の登山ルートで、女性は携帯電話で通報したが、その後、つながらなくなったという。この日の捜索は日没を持って打ち切り。18日午前8時55五分ごろ、三国トンネルから約一キロ手前の橋付近の斜面で2人の遺体を発見した。2人は川崎市高津区、東京都嘱託職員の女性(53)と東京都新宿区、不動産管理業の女性(56)。遺体は国道17号上の斜面で、遺体は登山道から約三百メートル下の、滝の下の岩場で見つかった。2人が下山中に通常の登山コースを外れて近道を通ったためがけから落ち、頭や全身を強く打って死亡したとみられる。2人は法師温泉に旅行で来ていたという。現場は国道17号の三国トンネルから徒歩で40~50分ほどの旧道で、家族連れなどが行楽を楽しんでいる。地元の消防関係者は「こんなところで事故が起きるなんて」と驚いていた。
(毎日新聞、読売新聞、中日新聞、共同通信などからデータ引用・抜粋。2人は実名で報道)
【考察】
報道によると、家族連れが行楽を楽しむような場所での発生、ということになります。
この文面からすれば、困難なところはなく、なんでもないコース、ということになりそうです。
地元の人の「こんなところで…」と言う言葉に、コースのレベルが表れているように思います。
滑落した原因は、近道をすべく旧道に入ったことと見られています。
現場の旧道の状態がわからないので、一般論で。
いっぱんに新しい道は整備が行き届いており、危険は少ないものです。
旧道に危険があるため、道を付け替えたケースも珍しくありません。
また、旧道は使われなくなることで、道自体が荒れてしまいます。
好奇心なのか、その後のスケジュールの関係なのか。
なぜ旧道に入ったのでしょうか。
そして、「ここなら行ける」と思った根拠は…。
亡くなった2人の個人データもないのでなんとも言えませんが。。。
より安全な新道を通っていれば、起こり得なかった事故かもしれません。
テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ
- 2006/10/19(木) 14:55:56|
- 遭難カルテ
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3連休に各地で続発した遭難。
いくつかをピックアップしました。
そのときを境に、カウンターがクルクルクルクル回り始め、コメントがドドッと…。
人気ブログからすればたいしたことはない範囲なのでしょうが、私にとっては初めての経験でした。
今までよりも、更新が遅れるほどでしたから…。
大して宣伝もしていないし、字ばっかりだし、内容も内容だし…。
アクセスが集中するとは夢にも思いませんでした。
これまでは、もっとアクセスやコメントがあってもいいのになぁ…などと、ぼやぁぁんと思っていました。
が、急にその状態にはまってしまうと、喜びは吹っ飛んでしまいました。
何と言えばいいか…。
まるで綱渡りのような緊張感でした。
微妙な恐怖感のようなものもありました。
自分の文章に対する他人の目を、はっきりと意識したのかもしれません。
寄せられたコメントの数々。
再び目を通してみました。
みなさん、山のことを真剣に考えているのが伝わってきました。
また、「遭難」ということに、自分以上にいろいろと考えている人もいることもわかりました。
言葉の一つ一つに、重みがり、鳥肌が立つ思いです。
静かに見守っていた人も、多かったのではないでしょうか。
この手の話になると、批判を通り越して、批難や中傷が横行します。
また、感情の爆発する人が出てもおかしくないと思います。
私が抱いていた恐怖感のひとつの理由でしょう。
意見の相違、知らなかったこと、議論…。
驚きと納得とため息と…。
それでも、場が荒れることはありませんでした。
コメントを頂いた皆さんの冷静さで持って、ここまでこれたのでしょう。
まだまだ勉強すべきこと…いっぱいあるなぁ…。
ここ10日ほどの感想でした。。
テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ
- 2006/10/18(水) 20:34:55|
- 日々是好日
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まともに自転車に乗ったのは久しぶり。
保育所の送迎に、ママチャリは何度も乗ってはいたのですが…。
だいたいいつも平均時速は20キロ前後。
MTBだから、そんなに速くありません。
もともとは山のトレーニングのつもりでしたが、トレーニングになっているのやらいないのやら。。。
朝、嫁さんを送り出し、チビ×2を保育所へ。
家事をざっと片付けて、天気もいいことだし、夕方まで時間あるし…。
と、いうことで、久しぶりに乗りに行きました。
家から出ようとすると、後輪がペッチャンコ。
出発前にパンク修理から…。
バタバタと準備ができたのは、お昼前。
先が思いやられます…。
自宅⇒西国街道⇒国道478号⇒国道24号⇒宇治・平等院。
平等院からは宇治川をさかのぼり、天ヶ瀬ダム。
このへんは、山の中の道。
さらに進んで…琵琶湖は遠かった。。。
まあ出発したのが遅かったので、しょうがないのですが。。。

折り返し点となった、南郷洗堰です。
帰りは、来た道を戻りました。
走行時間:4時間24分8秒
平均速度:時速21.1キロ
走行距離:92.90キロ
最高速度:時速37.5キロ
家に帰ると着替えて保育所へお迎え。
妙にやわらかいサドルと立った姿勢がなんともヘンな感じでした。
テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ
- 2006/10/16(月) 21:57:43|
- 日々是好日
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遭難カルテ1と
事故報告書1の関連です。
スキージャーナル11月号、別冊付録の「THE Last Frontier vol.8」見たさに、本屋で立ち読み…。
980円って言われたら、ちょっと躊躇してしまいます。
その後何日かして、とある人に、上記遭難事故の件が書いてあると教えてもらいました。
事故から半年。
当事者の声、細かく記されており、驚きました。
以前紹介した報告書以上に詳細なもので、一気に読んでしまいました。
ここまで詳細な状況説明や分析がなされるのは異例ではなかろうかと思います。
また、いまだ続く傷の痛みや、苦悩も伝わるようでした。
「山スキーは所詮遊びである。たかが遊びに対する代償としては大きすぎることを痛感した」というような言葉がありました。
これだけ詳細なものを公表しただけあって、心に響きました。
詳細は本屋さんでどうぞ。
事故を起こしてしまったことは、ある意味しかたがない面もあります。
本当に大切なことは、その後の対応ではないでしょうか。
本格的な雪の季節を前に、しっかりとその教訓を刻み付けた姿勢には、頭が下がる思いです。
東京南部山スキークラブ「ラ・ランドネ」。
山の会としての、あるべき姿の1つを示してくれたと思います。
見習うべき点の多い会だなあ・・・と、素直に思えるのでした。
普段、スキー雑誌はテレマークのところをパラパラ立ち読みする程度でした。
自分にとっては、「そういうもん」だとばかり思っていました。
認識を改めねば…。
テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ
- 2006/10/13(金) 23:30:59|
- 事故報告書
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山は大変な3連休でした。
あちこちで遭難が起きて、結局すべての事例を追いきれませんでした。
すでにニュースサイトから消えてしまったものも多々あります。
まあ、仕方がないかと、最初からあきらめていますが…。
個人の余剰時間で運営している程度のブログですから、カンペキなものは難しいでしょう。
と、言い訳をしてみたりします。
秋から冬へ、山は急激に移っていきます。
冬から春、春から夏への移り変わりは、ゆったりとしたものでしょう。
夏から秋は、少し急ぎ足でしょうか。
いずれにしても、秋から冬ほど厳しさを増すことはないと思います。
今回の三連休、急激に移る日に重なってしまいました。
これまではあまり重なることなく…だったのでしょうか。
季節の境目と、人の多い時期が重なっただけの結果かもしれません。
これが平日だったら、これほど大騒ぎにはならなかったのかも…。
今回、やはり何と言っても注目を集めたのはガイド登山でした。
4人の死者、ショッキングなニュースでした。
引率型登山の問題、何度か触れてきましたが、ここまで大きな遭難になることはありませんでした。
詳しく述べるほどの材料がまとまっていませんが、ヨーロッパ日本では、ガイドに対する考え方が全く違うようです。
ガイドの意識、客の意識、その辺も違うように思います。
客層も中高年女性主体なところも違う点でしょう。
ましてや、団体なんて、ヨーロッパにいるんだろうか…。
ガイド資格にしてもそれぞれの任意団体が独自に認定しているのが現状です。
元締め的存在の日本山岳ガイド協会からしてそうだし、その正会員団体もそれぞれに資格認定を行っています。
そして、協会と無関係のガイド組織もあれば、「個人」というのまであります。
「ガイドって何だ?」ということ、かなりあいまいなまま今日まで来た、ということでしょう。
ガイドを擁護する人もいます。
著名な登山家の中にも、何人かいます。
大日岳訴訟のときもそうでした。
ただ、気になったのは、ガイドや講師とリーダーを混同している点。
責任の重さが極端に違うことは、言うまでもないことです。
極端な例え話なのは承知の上で言うと、「ガイド・講師=学級担任の先生、リーダー=学級委員長」といったところでしょうか。
ガイド擁護のためにあえてチャンポンにしているのなら、問題ありかと思います。
少なくとも、ガイド登山やガイドのことについて、多く人が考えるきっかけにはなったと思います。
今回のことがきっかけになって、ガイドの資格や組織について何らかの動きがあることを期待します。
でもなぁ。。。自分(達)で行く方が楽しいと思うんだけどなぁ……。
どうも「つれってってもらう」心境にはなれないなぁ…。
あ、これは個人的趣味の問題ですので。。。
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- 2006/10/11(水) 21:57:40|
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遭難カルテ119の関連です。
信濃毎日新聞より。
「想像を絶するブリザードだった。気象判断のミスだと思っている」。北アルプス白馬岳で4人が凍死した九州の7人パーティーの1人で、登山ガイドの田上和弘さん(48)は9日、大町署で記者会見し沈痛な表情で遭難を振り返った。
入山前日の6日夜、山小屋で見た天気予報からは「低気圧が台風並みに発達するとは判断できなかった」。ヤッケなども冬山に対応できるものではなかったという。
7日午前5時10分、小雨の中、富山県の祖母谷(ばばだに)温泉を出発。白馬岳の白馬山荘まで約11時間とみた日程のうち、約9時間余で着いた清水(しょうず)岳まではほぼ予定通り。「余裕もあった」という。
雨がみぞれに変わり、午後3時半ごろには猛吹雪に。7人は腕を組み横一列で歩いたが、「腕がちぎれそうだった」。
Aさん、Bさん姉妹は眼鏡が曇り、歩みが遅れる。田上さんを含めた3人と、ほかの4人との距離が開いていった。Aさん姉妹が進めなくなった。「1人でも担いで小屋に駆け込もう」と、Aさんを抱き上げようとすると、Aさんは「妹を置いていけん」と拒んだ。
取り出したツェルトは強風で飛ばされた。ハイマツのくぼ地に姉妹を入れ、ザックをかぶせた。救助要請のため午後4時半ごろ、その場を離れた。最後に聞いた言葉は「田上さん、ごめんね」だったという。
田上さんは「皆さんに非常に迷惑をかけました。ご遺族の方につぐなっていなかいといけないと思っている」と話した。(亡くなった方の氏名は、こちらで伏せました)
ガイドの田上氏の記者会見の様子です。
生々しい状況が伝わってきて、ため息ばかりが出ました。
装備の不備、通常のパーティーであれば、メンバーの自己責任です。
が、ガイド山行であれば、ガイドの責任と考えます。
客の装備が危なっかしいものなら、止めなければならないからです。
午後3時半ごろ猛吹雪に。
その前に戻る、という判断はなされなかったようです。
根本的な部分は、ご本人が仰るとおり、「気象判断のミス」のようです。
さて、気になる記事がもう一本。
再び信濃毎日新聞より。
ガイドの田上和弘さんは、日本アルパイン・ガイド協会(東京)の認定ガイドで、ヒマラヤの世界第2の高峰K2(8、611メートル)に挑んだこともある経験豊かな登山家。パーティーは田上さんが募集したツアーで、参加したサブガイドの女性やほかの女性5人も5年以上の登山歴があり、北アルプス縦走も経験していたという。
田上さんは月に2、3回、福岡市内の登山用品専門店のスタッフとして常連客らに登山に関するアドバイスなどをしていた。同店によると、田上さんは、店内にツアー公告を掲示し、中級者を対象に参加者を募集。応募した6人は、これまでも何度か田上さんのツアーに参加したことがあるという。
同店の浦一美代表(59)は「田上さんは、夏はほとんど北アルプスに行きっぱなし。経験も豊富で、無理はなかったと思う。予想外の積雪が原因としか考えられない」と話している。(後略)(後略部分は、遭難した方のご家族のお話でした)
当ブログでは、プロガイドは実名を表記しています。
勤務先やその上司を実名表記するのはどうか、という議論もあろうかと思いますが、あえて表記します。
その理由は、田上氏が登山用品を販売する仕事をしていたことと装備の不備、無関係とはいえないと考えたのが勤務先を表記する理由。
勤務先の代表、浦氏が登山用品専門店代表というだけなら、表記はしません。
ですが、浦氏は「福岡市山岳協会会長、日本山岳ガイド協会会員、全九州アルパインガイドクラブ代表、日本山岳会会員」と、ご自分の店の
HPで自己紹介なさっています。
そして、
日本山岳ガイド協会役員名簿 (平成18年5月16日現在)にも、非常勤の理事として名を連ねています。
ガイド登山、というのが今回のポイントの一つ。
ガイド業界の中枢に近い人で九州のガイドの代表的存在ですので、あえて実名を表記する次第です。
また、店内にツアー広告の掲示を認めていた点からも、店が無関係だとは言えないと思います。
さて、前置きが長くなりましたが、本題へ。
後略した部分から推測すると、浦氏のコメントは全貌が判明する以前のもののようです。
ということで、詳細な情報がないままのコメントである、とします。
その後判明した内容、現地の関係者から出ている批判的コメント、そして田上氏の会見。
これが出揃った後に読み返してみると、なんだかむなしく思えてきます。
「予想外の積雪が原因としか考えられない」とは、旧知の田上氏をかばっての発言かもしれません。
まあ、後出しの結果論に勝てるものがないのは間違いありませんが。。。
ですが、ガイド界の重いポジションにいる人間としての発言ではないように思えます。
ただ田上氏をよく知っている人の発言、という風に見えてしまうのです。
おそらく取材に対してはもっと多くのことを語ったのでしょう。
そして、記事にするときに、その部分だけが書かれたのだと思います。
ですが、そうだとしても、むなしさが残るのはなんででしょうかね。。。。
ご本人もそう思っているかもしれませんが、歯がゆいかんじがしてなりません。
九州ガイド界の重鎮として、現在の浦氏の考えなど聞ければいいのですが…。
==========追記(2006.10.11)==========
朝日新聞から
白馬村在住の日本山岳ガイド協会副会長、降籏義道さんは「清水尾根を一日で登る計画自体に無理がある。通常、下るのが精いっぱいだ。まして、7日は明らかに冬型気圧配置になるのが分かっているのに、計画を強行したことに問題がある」と指摘する。
計画書によると、白馬岳を越え、朝日岳経由で日本海沿いの親不知に10日下山の予定で、予備日がない。福岡への帰りの飛行機便も決めていた。計画の中止や変更がしづらい理由があったのだろうか。(前後は省略)
ガイド関係者からも、批判的な声が出ているようです。
ちなみに田上氏が所属する日本アルパイン・ガイド協は、日本山岳ガイド協の正会員団体。
日本山岳ガイド協は、降籏氏が副会長で浦氏が非常勤の理事を務めている、という関係になります。
両協会とも、故橋本龍太郎元首相が、亡くなるまで会長を務めていました。
両協会の関係、密接だったと考えるのが自然だと思います。
認定ガイドへの信頼、大きく揺らいだと思います。
ガイド登山のあり方、今回の件をきっかけに、ガイド協のほうで何らかの指針を示すべき時なのかもしれません。
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- 2006/10/10(火) 21:43:28|
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【概要】
7日午後5時半ごろ、北アルプス・白馬岳(2932メートル)で、登山中の福岡、熊本両県の男女計7人のパーティーが遭難し、ガイド田上和弘さん(48)=福岡県大牟田市=が約2700メートル付近の白馬山荘に「吹雪きが激しくなって、行動が取れなくなった」と、救助を求めた。山小屋従業員3人が捜索したところ、小屋から数百メートルの稜線(りょうせん)上で女性4人が動けなくなっており、うち3人を近くの別の山小屋に収容した。救助に向かった山小屋従業員によると、4人はツェルトをかぶってうずくまり、1人は声をかけても反応がなく、もう1人はうなっていたという。また、近くのりょう線でも、別の女性1人が死亡しているのを同山荘関係者が発見した。残る女性2人がビバークして救助を待っているという。遭難したのは、助けを求めたガイドの男性と女性6人の計7人パーティーで、富山県の宇奈月温泉に宿泊後、7日朝に欅(けやき)平から白馬岳に向かった。正午すぎから吹雪に見舞われ、白馬山荘の手前約400メートル、標高2700メートルの場所で動けなくなった。7日は白馬山荘に泊まり、10日に下山予定だった。ガイドのほか無事だったのは福岡県春日市の女性サブガイド(42)、同県宗像市の無職女性(67)。熊本県大津町の無職女性(53)は救出中に死亡。また熊本市の無職女性(61)は、稜線で死亡していた。ビバーク中の2人は福岡市城南区の無職女性(66)とその妹の無職女性(61)で、連絡が取れず、安否は不明。現地の天候は荒れ模様で、8日も捜索活動は見送られた。長野地方気象台によると、遭難時、白馬岳を含む周辺には大雨洪水警報が出ていた。
(毎日新聞、読売新聞、中日新聞、信濃毎日新聞、時事通信からデータ引用・抜粋。時事通信は全員の実名表記)
【考察】
ガイド男性(48)、サブガイド女性(42)、メンバーは全員無職女性で(67)(53)(61)(66)(61)。
なんだか昨今のガイド登山のあり方を表すような性別・年齢構成だと言ったら言いすぎでしょうか。
(67)が無事、(53)(61)が死亡、(66)(61)が安否不明です。
さて、今回のガイド、田上和弘氏は
日本アルパインガイド協会の
認定アルパインガイドで、
日本山岳ガイド協会の会員で、アンナプルナ4峰(7525m)登頂者でもあります。
山岳ガイドとクライアントの関係から考えるとします。
クライアントがなぜガイドを必要とする(頼る?)かといえば、自力でその山に行けないからです。
行けるのなら、普通、わざわざお金を払ったりはしません。
代金の対価とは何か?
クライアント側の、知識や技術、経験などの足りないスキルを補うことです。
端的に言えば、安全確保とその場その場での判断が求められていると言えます。
結果論で言えば、今回はそこに何らかのミスがあったのではないでしょうか。
少なくとも「悪天候」であったことには間違いありません。
そこに判断の狂いはなかったのでしょうか。
小屋まであと400メートル。。。
好天ならあっという間の距離ですが、悪天候なら、とてつもない距離になります。
大日岳訴訟の遭難でも、国内の超一流ガイドと若く体力のある大学生のパーティーで事故が起きてしまいました。
国家賠償訴訟で、ガイドの責任が問われているわけではないんですが、争点はガイドの過失に絞られている観があります。
ですが、なんだかガイドの責任論、あまり盛り上がりません。
ガイドの責任に関するガイドラインのようなもの。
それこそガイド協会で原案をまとめ公表してもいいのでは…なんて思いますが…。
有料で山に客を連れて行くガイドの責任は、とりわけ重いものと思います。
割り勘で山に行き、メンバーの意見を集約して判断を下すリーダーとは、別の次元の話でしょう。
ガイド(有料の引率者)とリーダー(無料の同行者)では、まったく次元が違いますから。
訴訟では、ガイド側がほぼ敗訴しています。
またクライアント側にも問題が潜んでいる気がします。
ガイド登山を利用する人、リピーターが多いと聞いたことがあります。
言い換えると、安全確保と判断を他人に委ねた山を重ねる、ということです。
これでは技術や知識、判断力は身につかないと思うのです。
これはツアー登山のリピーターにも同じことが言えます。
そういう人が増えること、なんだか危うい感じが消えません。
よく分からないのが、サブガイドの存在。
プロなのか違うのか…。
一部報道では「副ガイド」とありましたが、いずれにしても聞きなれない言葉でした。
ここまでの報道から分かるのは、4人と2人がそれぞれ別々の場所で動けなくなり、ガイドが救助要請。
サブガイドを含め、4人の方が救助され、2人は残された形になってしまいました。
ガイドが救助を求めに走るのは当然として、残された6人をなぜ2つに分けたのか、理解に苦しみます。
あるいは、6人は1箇所にいたけれど、小屋から救助に向かった人数では4人しか運べなかったのかもしれません。
8日は悪天候で捜索が打ち切られ、9日に再開されるようです。
残された2人、無事であれば良いのですが、状況はかなり厳しいと言わざるを得ません。
続報が入れば、追記します。
個人的には、国内登山ではガイドに頼ることなく山に行きたいと思っています。
==========追記(2006.10.09)==========
9日朝、ビバークしていた2人も遺体で見つかり、結局3人救助、4人死亡、という残念な結果になりました。
女性6人全員が、以前から田上氏のガイドツアーに参加したことがあったそうです。
以下、信濃毎日新聞の記事から。
北アルプス・白馬岳で7人パーティーが遭難した7日は、日本の東海上を発達した低気圧が進み、中国大陸から寒気が入り込む冬型の気圧配置となったため、山頂付近は吹雪となった。10月初旬の北アは、雨になるか雪になるか微妙な時期。関係者からは、天候が荒れる予報の中で登山を決行した判断を疑問視する声が上がっている。
同日救助に向かった山小屋従業員によると、当時の現場周辺は、「あられ状の雪が横なぐりに降りつけ、視界がほとんどない状態」だった。近くの山小屋への避難にかかった時間は20―30分ほど。場所によっては10―15センチの積雪があり、「真っすぐ歩くことも難しかった」という。
県内は、この低気圧の影響で、7日ころまでは雨が降るとの週間予報だった。長野地方気象台によると、低気圧は台風並みの勢力があり、「天気図から天候が荒れることは予見できた」と指摘する。
同日午後9時の高層気象観測によると、日本の上空3、000メートル付近では風速25メートルの強風が吹いていた。北ア山頂付近の状況について同気象台は「7日の日中も山沿いでは風速20メートルを超える強風だったとみられ、相当強い吹雪になったと推測できる」とする。
冬型は8日も続き、松本測候所は平年より15日早く常念岳の初冠雪を観測。南信州広域連合も同日、南ア・仙丈ケ岳で平年より13日早く、塩見岳でも17日早く観測した。
6日にパーティーが泊まった富山県側の山小屋の従業員は、出発前、田上和弘さんに「雨ですけど大丈夫ですか」と声をかけている。その際、田上さんは2年前の同じ時期にも、雨の中、同じルートをツアーで登った経験を挙げ、「大丈夫」と答えて出掛けたという。
登山計画書によると、パーティーは7日朝、富山県側の祖母谷(ばばだに)温泉を出発。尾根を登って稜線に至り、同日夜は白馬山荘に宿泊する予定だった。
しかし、そのルートは「健脚コース」として知られ、10時間前後かかる。県山岳協会の柳沢昭夫会長(66)=北安曇郡池田町=は「この尾根を1日で登るのは、中高年にはきつい。雨でぬれて体力が低下したところに、稜線で強風にさらされたとしたら最悪のケース」と話している。地元の関係者から、気象判断と行動続行の判断を疑問視する声が出ているようです。
また、パーティーが分かれたときの状況については次のとおり。
大町署が田上さんから電話で聞いた話によると、7日は午後2時すぎから吹雪になり、着衣が凍り付いたような状態になった。福岡市の姉妹が、掛けていた眼鏡が曇って足元が見えなくなり遅れ気味に。田上さんがこの姉妹に付き、ほかの4人を先に行かせた。
その後、ビバークするために、姉妹を横たわらせツェルト(簡易テント)をかぶせようとしたが、強風でツェルトが飛ばされた。そこで、3人のザックで姉妹の体を覆い、自らは救助要請へ。稜線に出てから約50メートル登った場所で、先行の4人グループと出会ったが、既に1人が倒れていたという。ツエルトでビバークしていたのではなかったようです。
やれやれ…。
失ったものは、あまりにも大きかったようです。
亡くなった方のご冥福をお祈りします。
一方で、ガイドの田上氏の話も聞ければよいのですが…。
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- 2006/10/09(月) 00:49:26|
- 遭難カルテ
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【概要】
7日午後4時40分ごろ、奥穂高岳(3、190メートル)南西の「ジャンダルム」付近で「悪天候で動けなくなった」と、40-50代の男女の登山グループから携帯電話で「吹雪で行動不能になった。寒いので早く助けにきて」と飛騨市消防本部に連絡が入った。女性の声で「けが人はおらず非常食もあるが、非常に寒く登山道が凍結している」と話したという。4人は千葉市緑区の男性教員(58)、東京都清瀬市の男性会社員(55)と妻(48)、東京都北区の女性病院職員(49)。4人が提出した登山計画では、7日午前6時に西穂山荘を出発し西穂高岳を通って穂高岳山荘に午後4時に到着して宿泊。8日に奥穂高岳から上高地に下りる予定だった。同日午後の穂高岳山荘付近は吹雪で、同6時半には5センチの積雪があった。8日午前5時50分ごろになって、男性会社員と県警高山署との携帯電話がつながり、「3人は無事だが、1人が2、3メートル滑落し、近くに行って声をかけても返事がない」などと話した。滑落したと見られるのは58歳の男性教員。8日には現場は積雪約20センチ、風速約20メートルの吹雪となっている。4人が救助を待っているのは、標高約3160メートル付近。テントの装備はなく、岩陰に身を寄せ合って救助隊の到着を待ち、非常食で飢えをしのいでいるという。
(毎日新聞、読売新聞、中日新聞、信濃毎日新聞、時事通信よりデータ引用・抜粋。転落者は実名表記、毎日新聞・中日新聞は全員の実名)
【考察】
「寒いので早く助けに来て」って・・・。
救助を求めた場合、一刻も早くと思う気持ちはわかります。
が、字にしてみると、なんだかなぁ・・・という気がするのは不思議なものです。
最初の段階での通報内容を要約すると、次のようになるかと思います。
「寒い。道が凍結して動けない。けが人はなく、食糧はある」
寒さや凍結は、事前に予想できる範囲内のことと思います。
防寒・凍結に対する装備計画に甘さがあったのでしょうか。
男性転落の経緯は今のところ情報がなく、なんとも言えません。
新しい情報があれば、追記の形で補足しようと思います。
一般論ですが、救助を待つならじっとしていて、ウロウロすべきではありません。
前項の遭難カルテ117にも書いたのですが、重複は承知の上で。
遭難カルテ113などで出た、ツエルト必携の話。
極めて基本的な点だと思うのですが・・・。
特に降雪も想定範囲内になる場合に、より重要さを増すと思います。
この4人に限った話ではありませんが、小屋泊まり登山者の意識、そこまで低いものになっているのでしょうか。
全ての小屋泊まり登山者がそうだと言うつもりはありませんが、かなりそういう人がいそうな気がします。
本件の一部報道には「軽装」をにおわすようなニュアンスのものもありました。
まあ、そんな風に言われても仕方がないのかもしれませんね。。。
今夜はビバーク第2夜になります。
状況は厳しいようですが、無事帰れることを願いつつ。
状況に進展があれば、追記しようと思います。
==========追記(2006.10.09)==========
9日朝、4人が救助されました。
3人は自力で歩ける状態ですが、滑落した58歳の男性教員はすでに死亡していたそうです。
また、亡くなった男性はこのパーティーのリーダーで、ビバーク中に熟睡して2メートルずり落ち、その後動かなくなったようです。
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- 2006/10/09(月) 00:39:30|
- 遭難カルテ
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【概要】
7日午後7時10分ごろ、穂高岳山荘に「身動きが取れなくなった」と携帯電話で救助要請があった。登山者がいる場所は奥穂高岳と吊尾根最低コルの間で、電話をしたのは川崎市内の夫婦で、ともに小学校教諭の夫(28)と妻(30)。2人は7日夜は登山道の斜面でビバーク。8日午前7時すぎ、救助隊と合流した。けがはなく、救助隊員らとともに自力で山頂の山小屋に到着した。雪山に対応する装備やテントなどはなかったという。2人は7日に長野県側の上高地から入山。北穂高岳(3106メートル)に向かう途中だったという。8日に岐阜県側の新穂高温泉に下山予定だった。
(毎日新聞、読売新聞、信濃毎日新聞、時事通信よりデータ引用・抜粋。実名表記なし)
【考察】
雨か、みぞれか、雪か。
一番ややこしい季節になりました。
無事で何よりではありますが、天候が悪いにもかかわらず、戻らなかったのはなぜでしょう?
身動きが取れなかったのは、気象判断のミスが要素のひとつではないでしょうか。
当然、氷点下の気温は想定できるはずですが・・・。
と、なると、ルート上に凍結箇所も出てきうるはずです。
しかし、氷点下で吹雪いた稜線のビバーク。
ビバークが1夜ですんだこと、まだ若くて体力があったことなどなど、無事に帰れた要因はいくつかあると思います。
雪対応の装備やテント類の装備がなかった点、やはり問題でしょうか。
遭難カルテ113などで出た、ツエルト必携の話。
極めて基本的な点だと思うのですが・・・。
特に降雪も想定範囲内になる場合に、より重要さを増すと思います。
この2人に限った話ではありませんが、小屋泊まり登山者の意識、そこまで低いものになっているのでしょうか。
全ての小屋泊まり登山者がそうだと言うつもりはありませんが、かなりそういう人がいそうな気がします。
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- 2006/10/09(月) 00:37:16|
- 遭難カルテ
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のじぎく国体、もうすぐ閉会します。
ハンカチ王子の高校野球以外は、ほとんど注目されなかった…。
国体不要論もあちこちにありますが、野球だけでも注目されたので、今回は少しマシだったか。。。
まあ、国体そのものの是非は、横に置いといて。。。
「山岳競技」…結論から言うと、いらんやろ、ということです。
フリークライミングのコンペや山岳マラソンのような、あるジャンルに特化したものではありません。
「登山」というカテゴリー内での競技というわけです。
高校総体の登山競技も似たところがあるのですが、今回は国体に限ることにします。
国体の山岳競技とは何をするのか?
縦走と登攀があります。
縦走は、ザックを担いだ山岳マラソン状態、登攀はフリーのコンペ、と言えば分かりやすいでしょうか。
なにが???かといえば、その選手。
縦走競技には陸上系の人が当たり前のように出ています。
要するに、山をやらない人が競う「山岳」競技。
だから、「いらん」と、思うわけです。
そういう人が1~2年練習して、登攀競技にも出ていたりします。
まあ、登攀競技はあってもいいか、とは思います。
いっそ「山岳競技」ってのをやめて、「フリークライミング」にしてしまえと。
フリーのコンペを否定するつもりはありませんので。
この登攀競技、かつてはとんでもないものでした。
山岳競技が国体正式競技になったのは1980年の栃の葉国体(栃木県)。
その後は、競技に適当な岩場を作るために、重機と削岩機とダイナマイトが活躍する世界。
1990年のとびうめ国体(福岡)で、初の人工壁が導入されるまで、破壊の歴史が続きました。
翌年の石川国体、再びダイナマイトの世界でした。。。
この岳峰の会場、一度登りに行きました。
さすがに競技会場だけあって、車で取り付きまで行ける便利さ。
ですが、生々しい削り跡になんとも言いようのない違和感を覚えました。
ダラダラ長居するのが好きな私ですが、2本登って、早々に退散。。。
近年の国体では人工壁が定着しましたが、それまでは破壊の歴史が続いていたのです。
岩については何年も、チッピングや残置ボルトなどの問題については議論されてきました。
ですが、それをはるかに上回る規模の問題だったと思います。
残念ながら、あまり大きな議論は起きないまま、人工壁の登場となった印象があります。
国体の登攀競技、ある意味で日本の競技登山の一側面といえると思います。
その流れが、現在の人工壁につながっている面も、当然あると思うのです。
登攀会場を作るために、かつて行われていたこと、覚えていてもいいのではないでしょうか。
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- 2006/10/07(土) 19:37:08|
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夏休み。
取り残し4日分。
今月下旬に、やっととることができそうです。
9月アタマの氷ノ山以来、ということになりそうです。
また、7~9月は家庭サービスを兼ねたファミリー登山ばかりでした。
やっと「自分の山」。。。楽しみですなぁ!
早速、いつもの仲間内に連絡。。。
平日が多いので、何人集まることやら。。。
場合によったら単独行になります。
行き先はメンバーが決まってから、ということになりそうです。
まあ、パーティーのレベル次第ということですので。
ひとりで行きたいところ、仲間と行きたいところ。
それぞれにあるのですが、まあ、ゆっくり決めればいいかなと思います。
「要ザイル」なんてところに、単独では行けませんしね。。。
行きたい所は色々とあるのですが、2~3人なら、またまたあそこの山…ってなことになりそうです。
さて、どうなることやら。
少しワクワクしてきました。
実は計画を立てるのが楽しくてしかたないのです。
パッキングなどの準備は、結構ユウウツなんですが。。。
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- 2006/10/06(金) 21:39:46|
- 日々是好日
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遭難カルテ113、
事故報告書6の関連です。
栂海新道から蓮華温泉に向かう途中、9月10日に五輪尾根付近で遭難した63歳の男性のことです。
この人の
HP、
ブログ、記録や考察が早々に掲載されたことは、以前に述べました。
コメント欄にも多くの書き込みがなされ、関心を持って見ていました。
昨日確認した時点では、ブログのコメント・TBが受け付け拒否になっていました。
削除される前に並んでいたのは、容態を気遣ったもの、詳細を問い合わせたもの、あるいは叱責の声…内容は様々でした。
ご自分でまとめられた「要因と反省」。
不足している部分があったことは否定できません。
その部分の補足を求める内容のコメントもありました。
この「不足していた部分」、ご本人が気づいていなかった点でしょうから、意味のあるものだと思います。
足りない部分を補うことで、「要因と反省」が、より意味のあるものへ磨かれていくからです。
厳しい指摘ではありましたが、おおむね抑制の効いた文章だったと思います。
また、今回の遭難の核心に迫る内容もあったと思います。
その数々の指摘への対応を、興味を持って見ていたので、「全面拒否」というのには驚きました。
以前の記事で、「究明はご本人の本復を待ってから…」ということを書きました。
私同様に、その回復を願い待っていた人もいたのではないかと思います。
コメント欄への返答はないまま日が過ぎていきました。
コメント欄に、怒りのまじった、たしなめの言葉が並ぶようになりました。
原因は、この人自身の対応にあると考えています。
というのは、その後の対応です。
いつの間にかHPが更新されていました。
冒頭の文章は、捜索・救助にあたった人への謝意ではなく、「山中迷走するとは(中略)夢にも思いませんでした」といった文章。
そして、少し下にスクロールすると、遭難前日のものと思える山頂でのピース写真をアップ。
ブログに新たにアップされたのは、「励ましへのお礼」で、指摘への返答はありませんでした。
また、HP、ブログともに「遭難」を「遭難劇」や「迷走」と表現し、悪く言えば現実逃避のようにも取れました。
ひたすら山の数を稼いだご本人のプライドが、いたく傷ついたためかと思います。
まあ、数々のミスの内容は、「本当にベテランか?」というようなものでしたから…。
そして、コメント欄閉鎖に至った、というのが現状です。
さて、長い長い前置きになってしまいましたが、本題はここからです。
結論から言うと、この人の非難をしようというのではありません。
今回の人は、山をやるものとして、ネット利用者として、自分自身がどうあるべきかを考える好材料だと思いました。
HPやブログのコメント欄や掲示板の、設置や閉鎖・削除は、当然ながら管理者の自由です。
今回のコメント欄閉鎖は、その範疇に含まれるものです。
この人は、ブログランキングへの投票を呼びかけるなど、積極的にアクセス向上を試みています。
この思惑通りに進めば、多数の人がブログに訪れる結果になります。
少なくともHP・ブログとも公開された場ですので、来るものは拒まず、と言えるはずです。
となると、異なる考えや意見を持つ人もやってくることになります。
これは大半のHP・ブログ運営者にあてはまることです。
そして書き込みについても、好意的なもの、そうでないもの、両方ありえるはずです。
ただ、見るだけ見て通り過ぎる人が多い中、書き込みやTBと言ったリアルな作業を伴うものは、良くも悪くも「よっぽど」の内容だったということです。
共感を呼ぶ場合もあれば、反感を買う場合もある、ということです。
まずはその自覚を持とうと、改めて思いました。
次に、批判的なコメントについてです。
今回は厳しい内容のものが多く見受けられました。
コメント欄閉鎖は、それが原因だと思います。
ですが、意味のあるものまで、まとめて消えてしまいました。
失敗、その後、どうするか。
そこが重要なポイントだと、改めて思いました。
今回のコメント欄、自らをかえりみる上でも、貴重な財産です。
批判の中にも、財産になるものがありうるわけです。
今回のケースのように「逃げる」のもひとつの方法ではあります。
ですが、少なくとも財産を失ったことには変わりありません。
そこから気づかされるものも多々あったと思うからです。
批判的な意にも、正面から向かい合うことで生まれるものもある。
自分の方に批判が向いてきても、逃げずに向き合いたいと、これも改めて思いました。
当たり前のことですが、山やブログに限らず、ミスの後どう対処するか、そこが重要なのは同じです。
この人自身、最初のうちはコメントに対する返答をしていました。
それだけに「磨く」作業を途中で放棄してしまったことが残念です。
遭難しないのが一番です。
ですが、もし遭難してしまったら…その後どうすべきか。
それを考える上で、随分と参考になる出来事でした。
テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ
- 2006/10/05(木) 20:22:36|
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「引き返す勇気を」
いったい、何年前から言われているのでしょうか。
「進む」よりも「引き返す」方がより安全だ、という前提での言葉です。
たいていのケース、これが当てはまるのは間違いありません。
で、何が言いたいかといえば、「勇気」が必要かどうかということです。
天候や体調が悪ければ、「引き返す」だけ。
どの時点で、またどのレベルで判断するかには難しい面があります。
ですが、必要なのは冷静な判断だけで、「勇気」など持ち合わせてなくても十分「引き返せる」はずです。
極端な言い方をすれば、勇気など持つ必要はなく、冷静に判断できる力を磨くことが重要、ということです。
では、どういった場合に「勇気」が必要なのか。。。
そこには「何が何でも」といった、「進む」ことに対する強い執着がある場合が考えられます。
前提に帰って言えば、「引き返す方が安全」と理解できているのに、あえて「進む方を選びたい」欲求が強い状態でしょうか。
この場合、欲求が理解を上回るのは危険な状態といえると思います。
頂上を踏むことに固執するあまり、冷静な判断や山の楽しみを失った人達に多いケースではないでしょうか。
特に、百名山などのピークハントにこだわる中高年層にこの傾向が強い感じがします。
撤退するのに勇気が必要な人、遭難予備軍ではないかと思ってしまいます。
「また来たらいいじゃないですか。山は逃げませんよ」
「いやいや、もうトシもトシだから、行けるうちに行っとかないと…」
こんな会話をしたことがあります。
年齢的な問題で「山が逃げる」と思っている人でした。
年配の人ほど、その傾向が強いようですし、理解もできますが…。
なんだか追い立てられているようで、かわいそうになりました。
「山が逃げる」と思うことで、余裕を失っては本末転倒ではないでしょうか。
「名誉ある撤退」とか「勇気ある撤退」などといった表記も、記録の中に時折見られます。
撤退するのが妥当と判断しての撤退。
「名誉ある」でもないし「勇気ある」でもありませんし、当然「恥」でもありません。
当たり前のことを当たり前にしただけだ、と思うんですが…。
このような表記にも、「撤退するのに勇気が必要な人」と同様の危うさを感じます。
「山に行く」ということは、「山に行きたい」という欲求からスタートします。
ですが、その時点で「無事下山してくること」という前提が同時に発生します。
ここから求められるのは「冷静な判断力」であって、「勇気」でも「名誉」でもありません。
すべては「無事下山」という前提をクリアするために…ということではないでしょうか。
途中から戻ってくるのも山のうち。
あまりガツガツせずに、「山に行く」ことを楽しめれば良いと思うのです。
「山に行く」と「頂上に立つ」は、必ずしも同じではない、と言えるかと思います。
繰り返しになりますが、どの時点で、またどのレベルで判断するかには難しい面があります。
判断力を磨くこと、常に忘れずにいたいものです。
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- 2006/10/04(水) 13:34:51|
- 危険回避の道
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昨日は友人の結婚式。
学生時代の山仲間ですが、今や、元山ヤといった方がいいか。。。
就職のハードルを越えられず、リタイヤ状態です。
毎年100数十日も海外出張してたら、しょうがないのかも知れません。
冠婚葬祭でしかしないネクタイのせいか、相変わらずこちらは疲れた。。。
披露宴自体が主賓は勤め先。
出席者の8割強が親族と勤務先…まあ、ベタベタの結婚式でした。
典型的な日本人サラリーマンの結婚式、とまで言ったら言い過ぎか?
でも、これが余計に疲れるんだよなぁ…。
驚いたことが2つ。
新婦が嫁さんと同業者だった…。
まあ、そんなこともあろうかと。。。
もう1つは、新郎(友人)が、最後の挨拶の最中に感極まって泣いたこと。
思わず「泣くな!しっかりせぇ!」と、大きな声で突っ込んでしまいました。
おかげで余計、泣かせてしまったか…。
自分自身の結婚式はハチャメチャで笑いが絶えず、泣くようなことは考えられなかったなぁ…。
と、6年前のことを少し思い出しました。
うれしかったことが2つありました。
出席者の中の懐かしい顔。
学生時代は何もやっていなかった友人が、卒業後、クライミングを始めたとか。
端っこのテーブルでヲタクな会話にふけっていました。
うれしいのに加え、退屈しのぎができました(笑)。
そして新郎。
帰り際に泣いたままの顔で「山…今度つれてってくれ」。。。
泣かずに言わんかい!…とは突っ込みませんでしたが。。。
機会があれば、2人とも一緒にどこか行きたいものです。
山関係の結婚式は久しぶり。
独身のヤツは…もうあんまり残っていません。
そういうオトシゴロなんでしょうね。
まあ、2つだけでもうれしかったということで、良しとしましょうか。
でもまぁ、やっぱりネクタイは疲れる…。
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- 2006/10/02(月) 16:37:20|
- 日々是好日
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