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山道を行く

カラダとアタマと心。 すべて働かせるのが山の魅力でしょうかね。

【遭難カルテ122】 六甲で転落の女性死亡

【概要】
26日午前11時10分ごろ、神戸市灘区六甲山町の六甲山・西山谷ルートの大滝で、西宮市の主婦(64)が岩場から転落したと同行の仲間から119番通報があった。女性は約20メートルある大滝の岩場を登る際、足を滑らせて登山道から約15メートル下の滝(岩場という報道も)に転落。神戸市消防局のヘリコプターが女性を病院に運んだが、頭の骨を折るなどしており、間もなく死亡した。女性は「武庫勤労者山岳会」に所属し、同日午前9時40分ごろに同会の7人と一緒に入山、神戸市東灘区から西山谷沿いに六甲山上に向かう途中だった。女性は、今回のルートは何度も経験していたという。ザイルは使っていなかった。女性は子育てで中断していた登山を約5年前に再開。今回は西山谷ルートに熟練したメンバーも参加していたという。兵庫県山岳連盟の古賀英年理事長によると、西山谷は大月地獄谷と並ぶ表六甲の難所。「険しい岩場ややぶの中を通る。熟練者でも注意が必要」と指摘する。
(朝日新聞、毎日新聞、神戸新聞より引用、抜粋。各紙とも実名報道)


【考察】
六甲山屈指の難ルートといわれる場所で起きた事故です。
が、神戸の市街地に近い存在ということもあってか、実際にこのルートに入る人は少なくないようです。
ノーヘル・ノーザイルに登山靴でも、うまくまき道を使えば越えられるようです。
毎日新聞では「ハイキング」、朝日新聞では「沢登り」と報じられました。
あながち、どちらも間違いとは言い切れません。
「沢歩き」というのが一番近い表現でしょうか。
「沢登り」をたしなむ人からすれば、「沢じゃないだろう」と言われるかもしれない。
だからと言って、整備された道を歩くだけのものとも違う、そんなルートです。


今回取り上げたいのは、ヘルメット。
このルートは、かつて落石や滑落で死者も出ているルートです。
となると、念のため、ヘルメットを持っていく…というぐらいはあってもいいのかな、と思います。
ザイルやハーネスはなくても、ヘルメットは…と思うことは結構あります。
特に落石の多いルートに入るときには、持っていくようにしています。
亡くなった女性がヘルメットをしていたかどうかは不明です。
また、15メートル落ちれば、ヘルメットを装着していても助かったかどうかは分かりません。
ですが、あるいは命を落とすところまで至らない、別の展開もあろうかと思います。


装備の選択は、個々の判断になりますから「なきゃダメだ」というつもりはありません。
また、どこの時点でかぶって、どこの時点で脱ぐかも、現場でのそれぞれの判断になるでしょう。

個人的な話になりますが、ヘルメット、結構好きなほうです。
かぶったとたん、テンションが少し上がるような、緊張感のようなものが出てくるからです。
まあ、これは人によるのでしょうが。



さて、以下は事故の中身や原因と、直接関係ある話ではありません。

武庫勤労者山岳会のHP、のぞいてみました。
会の紹介のページより
「会員は約100名で、男性50%、女性50%、平均年齢55才の世間並みの中高年登山会です」
「うたい文句は、『総合山岳会』を目指しているアットホームな山岳会です」
そして、入会案内のページより
「年齢性別は問いません。山行意欲があればどなたでも大歓迎です」
スケジュールなどをみると、ハイキングを中心になかなか活発に活動しています。
「年齢不問」にもかかわらず「中高年登山会」、そして「アットホーム」。
いまどきの山岳会の、ひとつの典型かもしれません。

また、この女性。
60歳直前で登山を再開。
それまでを子育て期間のブランクと言うなら、20年ほどか、それ以上でしょう。
このあたりも、昨今の中高年女性登山者のプロフィールを象徴するものではないでしょうか。

事故の中身や事の良し悪しは別にして、この会の現状と女性のプロフィール。
いまの登山を取り巻く環境の、ひとつの面を見たように思いました。


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  1. 2006/11/30(木) 15:43:25|
  2. 遭難カルテ
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【日々是好日106】 論争のマトメ

ここのところの一連のコメント欄。
多くの方からいろいろなご意見が出ました。
自分も含めて、かなり感情が入り乱れ始めたので、整理してみることにします。
当然、内容がダブることもあります。
また、恐ろしく長い文章になりますので、読まれる方はそのつもりで。



●「遭難や事故はない方がいい」

ここは疑う余地はありません。
誰しも「バンバン遭難したらいいんだ」とは思っていないと読み取れました。
ななしさんですら「事故を起こしていいですよ、ばんばん起こしましょう、とは一度も言っていませんので」とのことです。



●「絶対はない」

山に行く以上、「絶対」に遭難しない、なんてことはありえない。
「絶対」になくす、というのも同じことで、ありえません。
ベテランであろうが初心者であろうが、そのリスクは必ずついて回るということです。
ではどうするのか?というところが、話の元々の部分だと思います。
ここまではみなさん、ほぼ共通認識だろうと思います。
ここからは見解の相違があるのですが、後述します。
ただ、ベテランの定義がはっきりしません。
年数や登った山の数だけで判断できるものでないことは、共通の理解かと思います。
「ベテランにこそ事故が多い」「いや、初心者に多い」…。
ベテランの「コレ」という定義がない以上、議論は空回りするばかりではないでしょうか。
すべての登山者に、(程度の差こそあれ)遭難や事故のリスクはある。
そういうことだと思います。



●「バカヤロウ」と「木っ端役人根性」

丸山氏の「ABS」の是非をめぐり、いろいろな声が出ましたが、ここもかみ合いませんでした。
山田さまの書き込みの中の「論理ではなく、感情として絶対に許せない」という部分で、すこし分かった気がしました。
「自由と迷惑」「事実経緯と検証」「事故の内容検証と責任問題」、これらを分けて考えようというななしさまの書き込みがありました。
ななしさまもおーのさまも、そのほかに書き込まれた方も、そして私も、「感情と論理」を分けぬまま話を進めたため、もつれたのではないかと思います。
と、いうことで、この2つに分けてそれぞれ考えてみます。

まずは感情から。

身ぢかな人が山で死んだ。
見ず知らずの人が「バカヤロウ」と、それを侮蔑した。
悪意があるわけではないかもしれない。
ほかに意図があるのかもしれない。
しかし、「バカヤロウ」と、それを侮蔑した。
許せない。人間性を疑う。

これ、心情的にはよくわかります。
ななしさまや山田さまの言いたいことはこういうことだと思います。
心情の部分では、ここまでなら私にも理解できますし、そういう意味でしたら同意します。

 死んだ人を侮蔑するなんて…。
 まるで、裁判官気取りの木っ端役人根性だ!

このあたりからは、わかるようなわからないような…。
侮蔑する人に対して侮蔑の言葉をつける、ということです。
感情的になった状態の言葉の応酬であればわかります。
しかし、ここから先は不毛以外の何者でもないと思います。

続いて論理。

丸山氏が、ともすれば一人歩きしかねない言葉をなぜ使ったか。
不用意に使った点は、責められる点が全くないとは言いません。
が、それよりも、その真意を汲み取ることが、重要になってきます。
例の本からは、遭難を減らす、という丸山氏の言いたいことが見えてきます。
となると、「言い方」はよくないかもしれないけど、「言わんとすること」はなるほど、となります。
おーのさまや私の立っている場所はこちらなのでしょう。


感情の部分を否定するつもりはありません。
が、そこで止まってしまうのはどうかと思います。
論理の目を曇らせる感情は、それこそななしさまのおっしゃる「ごっちゃ」にほかなりません。
私も含めて、ここを分けて考えていれば、もう少しまとまりのある議論になったのかもしれません。
ただ、どうするの?ということについて考えていくとすれば、感情よりも論理が優先されるべきではないでしょうか。
当然、感情を踏まえたうえで、ということにはなりますが。



●死と尊厳

山田さまと素人Aさまの書き込みで、この部分が触れられていました。
死の尊厳、これはそのまま生の尊厳ともいえます。
生きている人、亡くなった人、すべて人の死(生)は同じ重さのはずです。
そういう意味で言えば、山田さまの
「つまらない事故とか、まともな事故、などいうものは『ない』のですよ。死は死なのです。」
という言葉にうなずけます。
ただし、ここの尊厳や尊重という意味では、生死は関係ありません。
亡くなった人であれ生きている人であれ、侮蔑するのは、やはり違うと思います。
死者に「バカヤロウ」はダメだが、生きている人に「木っ端役人根性」はいい、となると矛盾しているとしか言えません。
これは一歩間違うと、遭難死の美化につながりかねません。

ななしさまの書き込みより。
「自分の死で、そのリスクの対価を支払った。
それで十分ではないかと思います。
それを侮蔑する言葉を吐く必要があるのでしょうか?」
侮蔑する言葉は必要ありません。
これは生きている人に対しても同じです。

遭難における死をどう捕らえるか、ここの軸足をはっきりさせておく必要があると思います。
確かにファクターとしては大きいものです。
報告書に何が必要か、という話を書きました。
 ①何があったのか(経過)
 ②なぜそうなったのか(検証)
 ③どうすればよかったのか&今後どうすればいいのか(教訓)
基本的にはこの3つの要素があればいいと思います。
遭難死は①の中に含まれる要素であり、それ以上でも以下でもありません。
死者が出た場合には、批難するとかしないとかではなく、死に至った原因やプロセスは何か、ということを考えようということでもあります。
死者、という部分をけが人とか遭難者(無事救出なども含む)と置き換えても結構です。
検証を重ね教訓を刻むことで、遭難が減ればいいなぁ、ということだけです。

死者が出ているかいないかと、検証や教訓とすること。
これは関係がない話です。
遭難すべてが死、というわけではありません。
なにより、そこから残されたものを、今生きている我々がどう生かすか。
そこに尽きるのではないでしょうか。

検証する過程で、批判は当然あろうかと思います。
この批判と侮蔑は別のものです。
「自分の死で、そのリスクの対価を支払った。それで十分ではないか」
とすることで、批判を押さえ込むとなれば、
「死者を批判してはならない」
となり、これも遭難死の美化につながります。

遭難死。
美化する必要も、侮蔑する必要もありません。
当然、素人Aさまのおっしゃるように、免罪符でもありません。
感情抜きでなされた検証の上での批判はあってもよいと考えます。
ただ批判するのではなく、いかに教訓として残すかが大事なことではないでしょうか。



●啓蒙について

啓蒙が必要であることは、皆さんも同じだと思います。
見解が分かれるのは、その程度について、だと思います。
程度の差を持って啓蒙か過保護か、というような話だったと思います。

見るからにヤバそうな人を見て。
ななしさまは「大丈夫ですか?」で、「大丈夫です」とくれば「行ってらっしゃい」。
おーのさまは「ヤバイですよ。やめときなさい」。
結局はこんな感じなのかと思います。
(思いっきり意訳していますので、多少の間違いはあるかもしれません)

お二方のどちらから声をかけられたとしても、そのまま行ってしまう人は行ってしまいます。
おーのさまも、力づくででも止める、というようなことはしないでしょう。
そういう意味では、個々の自由(尊重?)というのは、最低限守られているはずです。
ですから、「個々を尊重しよう」という議論は成り立たなくなります。

啓蒙というのは、誰がするんでしょう。
組織などの場合もあるでしょうが、たまたま近くに居合わせた人がする場合もあると思います。
明らかに自分より初心者であることが分かる人に対して、「大丈夫ですか?」だけで済ませるというのは、啓蒙が足りないと思います。
何が大丈夫で、何が大丈夫ではないか、それが分かっていない人に教えるのが啓蒙のひとつと考えます。

ヤバそうな人、見ただけで完全に分かるものではありません。
顔色、足取り、装備などから判断するほかはないのが事実ではあります。
ただ、明らかに分かるケースもあります。
声をかけるのはそういうケースに限っての話だと思います。
どうみても自分よりデキる人に声はかけないでしょうから。
微妙な人には「大丈夫ですか?」もアリでしょう。
すべての基準は、声をかける側にあるはずです。

周囲の言うことに耳を傾けず、遭難になったケースもありました。
登山における啓蒙以前の問題ではあります。
ですが、そういう人が増えれば、規制、という方向に進みかねません。
規制、という方向に向かわないために、というのであれば、「やめときなさい」というのもアリだと思います。
ななしさまのおっしゃる
「ベテランがベテランではないか、ではなく身の程を知る、ということのほうが重要でしょう。
経験が浅くても、身の程を知っていればそこそこで止めて、戻ってくるものです。」
はそのとおりかと思います。
ですが、そうでない人が増えている現状をどうすればいいのでしょうか。
「大丈夫ですか?」では解決しないように思います。

たとえば、こんなケースはどうでしょう。
見るからに危なっかしい人がいたとします
「大丈夫ですか?」と声をかけたら「大丈夫です」「ではいってらっしゃい」。
その人が、目の前で転落、不幸にも亡くなったとします。
「『やめときなさい』と言っていれば、あるいはやめてくれたかもしれない」
そういう後悔は残ると思います。
たとえ「善意という名のお節介」であったとしても、です。
そこで「自分の死で、そのリスクの対価を支払った。それで十分」などとはとても言えません。
「やめときなさい」の一言を発するだけで防げたかもしれない、と考えれば、それにも意味があると思います。



●チャレンジを認めるか

基本的には皆さん、認めているのだと思います。
ただ、そこに至るまでにどれだけのものを積み上げたか、ということではないでしょうか。

山のレベルや方向性は、それぞれ違うと思います。
ですから、チャレンジのレベルや方向性も当然違います。
日帰りの里山だって、人によってはチャレンジたりうるのです。

これまでよりも、少しだけ背伸びしたチャレンジを重ねることでレベルアップがなされるのだと思います。
一足飛びに、なんてことはありえないと思います。

ただこれも、各人の内なる基準によるものかもしれませんが「無謀な」チャレンジかどうか。
ここから先は、前項の啓蒙と深く関わる話だと思います。



●地元に迷惑?

ななしさまは「迷惑をかけるという考えをやめよう」。
おーのさまや素人Aさま、そして私は「そんなことはない」。

しなくてもいい遊びで、危険な場所で死に、捜索する人に生命の危険を犯させることを私は迷惑と思います。
仕事や病気で死ぬのとはワケが違います。
仕事ならしなければならないし、病気は逃れられないからです。
ましてや、二次遭難の危険の中、救助・捜索に向かう人になんといえばいいのでしょうか。

「ラッシュ時の首都高速での事故のほうが大きな影響を周囲に与えるのではないでしょうか?」
確かに影響を与える人数はこちらの方がはるかに多いでしょう。
ですが、事故後の処理で、それに携わる人の生命の危険は、山のほうが大きいと思います。
それに対して「深く感謝」するだけでいいのでしょうか…そうは思えませんが。

「自分の死で、そのリスクの対価を支払った。それで十分」
そこで完結するわけではないのです。
事故後にも別の人の生命が関係する以上、ここを「分けて考えること」は、私にはできません。

「レスキューのプロは迷惑とは言わない」
それが仕事でしたら、あるいはそうかもしれません。
ただ、そのプロが「こんなのは勘弁してくれ」というのがあれば、それには耳を傾ける必要があると思います。

「迷惑ということを言うのは、日本の民間救助隊関係者だけ」
ここを考えてみましょう。
日本では遭対協や消防団といった民間の関係者が、捜索に動員されるのが現実です。
一刻も早い発見・救助を望むなら「そんなものはいらん」とはならないでしょう。
そういう人たちに対して「ひとつの利権」などというのは、失礼かと思います。
生命の危険を冒して捜索に赴く人に対する言葉ではないと思います。
あの日当、以前が不当に安かっただけで、今でも高いものだとは思えません。

「登山という行為が、その村の経済に多大な恩恵を与えているのです」
そういう側面があるのは、そのとおりかもしれません。
ただ、そこに「遭難関連の費用も含まれている」と言えますか?
死に対する感情の部分で書き込みをされた方が、「経済に多大な恩恵」というのが理解できません。

白馬村の「山が無くなれば村が潰れる」の話。
その歴史については、山田さまの書き込みにありましたが、後述します。
ここではそのデータについて。
「白馬村のスキー依存度を調べていました。
そこでは依存度7割だそうですよ。
スキーと山がなくなれば、村は潰れますね」
確かにスキーがなくなれば、間違いなく潰れますね。
では登山への依存度は?
そのデータがなければ、意味をなさないと思います。
スキーも登山もひっくるめての「山」といいたかったのでしょうか。
「分けて考える」ななしさまの書き込みとは思えず、一瞬、目を疑いました。
「登山依存度」のデータを示した上で、「利権」「経済に多大な恩恵」とくればもう少し理解できたかもしれません。

とはいえ、登山への依存も多少はあるでしょうし、遭難があった場合にもいくばくかの金銭が動きます。
地元に対して「経済的影響がある」という言い方であれば、あながち、ななしさまの言うことも間違いではありません。

ですが、「いろんな人に迷惑がかかる」という思いが慎重さを呼ぶなど、結果的に遭難を減らす一因になれば、それはそれでいいと思います。


●海外や歴史

山田さまの白馬村への資本参入の経緯。
ななしさまの「ウィンパーの初登頂」「やっぱフレンチアルプスはいいな」。

歴史や海外を知ることは重要だと思います。
ですが、今のこの日本の山を考えるときに、それをどう反映させるかが重要だと思います。

いまや、ヨーロッパの初登頂時代でもなければ、フランスやカナダでもありません。
ましてや白馬村が資本導入した時代でもありません。

バスを連ねて中高年の団体が山に押しかける国、ほかにありますか?
そこでは何十年も前に指摘された遭難の原因、今でも繰り返されています。
「道迷い」「病死」といった形態も増加しています。

剣や谷川には登山条例もあります。
幕営指定地があったり、火器禁止の山だってあります。
かつてあった「自由」がそこにない場合が、往々にしてあります。
でも、それが現状でしょう。
その手の規制が、なぜ増えていったのか、その歴史も考えてみる必要があるはずです。

ただ、「あれがいい、これがいい」では前に進まないのではないでしょうか。

これ以上遭難が増え続けると、規制も増えるだろうし、それこそライセンス制などというわけの分からないものが出てきたりします。
ただでさえ失われていく「自由」に対して、まずできることはなんだろう。
遭難を減らしたり、環境のことだったりすると思います。



●最後に

皆さん、考えはいろいろでも、等しく山が大好きなのはよく分かります。

それでは「登山」って何ですか?

大半の人にとっては、趣味、ただの遊びなんですよ。
休日のレジャーという意味で言えば、スキーやテニスや、それこそゴルフとだって同じ程度のものなんです。
その意味のおいては、決して特別のものではないんですね。

ただ、そこには最悪、死ぬかもしれない、というリスクが内包されている、というのが特徴のひとつとしてあるのは事実です。

山で楽しく遊びたい、楽しく過ごしたい。
皆さん、そこは同じはずです。

でしたら、遭難して、家族を悲しませたり、他人に迷惑をかけたりしないようにしようと。

私を含めて山が好きな人にとっては「特別なモノ」なんです。
だから「事故のないように」という部分は、変わりないと思います。

不幸にして事故に遭った方もいます。
その人をけなしたり侮蔑するんではなく、そこから何が拾えるか、ということです。

最後は個人個人が考え、意見があればそこから積み上げていく。
そこには意味があるのではないかと思います。

考えよう、と思っていながら、感情に走っていた部分がありました。
反省すべき点だと思っています。





あんまりまとまりがないですが、ざっとまとめてみました。
議論の整理に役立てていただければ幸いです。



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  1. 2006/11/28(火) 22:37:13|
  2. 日々是好日
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【道具を語る12】 ヤスリ

雪の季節がくると、雪山の準備。

金ヤスリ、この季節にやってしまうのがいいかな、と思います。
実際に山に持っていく道具ではないのですが、やはり必需品かと。

ピッケルやアイゼンの先、丸くなっているのを研ぎなおす。。。
当然、だんだんとピックやアイゼンの爪は短くなっていきます。
あんまり短くなったら、買い替え…ということになります。

さて、ウチのアイゼン。
15年以上使用で、結構爪が磨り減っていて、先っちょは丸々と…。
研ぎなおすとなると、これが時間を食ったりもします。
ぼちぼち、買い換えたいけれど…ここにきて、経済的な壁が立ちはだかるのです(笑)。
どこまで使えるかは、コレッ!ってのはなくて、個々人の判断になります。
ピッケルは、買い換えて3年ほどなので、軽く整える程度で当分大丈夫でしょう。


金ヤスリ自体はホームセンターや百円ショップでもあります。
モーターのついたグラインダーなんかだと、結構早いかもしれません。
言えの近所の鉄工所に持ち込む、という知人もいます。



そういえば昔見た映画のワンシーン、「K2 ハロルドとテイラー」でしたか。。。
(「ハロルドとテイラー」だったか「愛と友情のザイル」だったか…)
藤岡弘がテントの中でゴリゴリとピッケル(?)を研いでいるシーンがあったような…。
「おおっ、やってるやってる!」と思いながら見た記憶があります。
この後、彼は雪崩にやられてしまう。。。だったと思います。
仮面ライダーもこの外国映画ではセリフの少ない脇役でしたが。。
ずいぶんと記憶がぼやけてるなぁ…。

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  1. 2006/11/27(月) 16:14:32|
  2. 道具を語る
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【日々是好日105】 山岳保険

山岳保険。

「入らなければならないか?」と聞かれれば、答えは「ノー」。
「入った方が良いか?」と聞かれれば「イエス」。

結論から言えば、こうなります。



大雑把に言うと、1年間で1~2万円の保険料を払えば、遭難時の捜索費用が200~300万円ほど支給されます。
(支払う保険料や支給される費用などは、いろいろですので、金額はあくまでも目安とお考え下さい。当然、もっと高いものや安いものもあります。)

民間ヘリを捜索活動に使った場合、その料金は1時間で50万円を超えます。
行政機関のヘリが必ず飛んできてくれるわけではないので、そこは考えておく必要があると思います。
となると、4時間の飛行でほぼ満額。
それを越えると、保険料支給だけではカバーしきれなくなるわけです。
地上からの捜索隊への日当や、関係者への謝礼などなど、いったいいくらかかるのかと思えば、気が遠くなりそうです。


保険に入っているからといって、捜索費用すべてがカバーできるわけではない。
まずそれを念頭に置きましょう。
200万円をオーバーした部分は自己負担で、本人や家族が払うことになるわけです。


「必ずしも入らなくて良い」と考える理由。
200万円の保険料が出るか出ないかの差を、どう考えるか、ということです。
「たかが200万円の差なんて…」とか、「いくらでも払えるぞう」というお金持ちの人には、入る必要はないと、そう考えるわけです。
「保険に入ってはないけれど、必ず費用は払うし、そのアテもちゃんとある」
そう考えた上で、あえて保険加入していない人は、決して意識が低いわけではありません。

ただ、そんなお金持ちの人は、ごくごく少数でしょう。
となると、毎年数万円の支払いはイタイけれど、もしものときの200万円はデカイ。
ン百万円のうちから200万円助かるだけでも全然違う……そういう人のほうがはるかに多いと思います。
これが「入った方が良い」という理由です。



遭難して救助を呼んだら、民間ヘリがやってきた。
「保険に入っていないから」「行政のなら乗るけど…」といって、搭乗を拒否。。。
どうにもならない状況下で、こんなケースも実際にあったようです。
まあ、論外なケースですがね。。。
こんなふうになるぐらいなら、入っときゃいいのに。。。





調べてみると、結構いろいろな保険があります。

日山協や都岳連の共済や労山の対策基金などは、比較的割安です。
が、いずれかの組織加入などが必要で、誰でも、と言うわけではありません。
日山協や都岳連の場合には個人会員登録をすることで、未組織の人にも加入の道はあります。
ま、登録料が必要だったりしますが…。

また保険会社などの「山岳保険」もあります。
これも結構な種類があって、どれがいいのか一概には言えません。

ただ、最近多い山中での病気。
疾病や疾病を原因とする遭難には保険料が支払われないものもあります。
内容をよく確認する必要がありそうです。




最近気づいた、意外な盲点がひとつ。
一般の生命保険。
「登山などの危険なスポーツによる死亡・障害などには保険料が支給されない」というケースがあります。
案外見落とされているんではないかと思います。
保険料支払いは増えますが、特約でカバーできるケースもあります。
書類や契約内容をよく確認した方がいいかもしれませんね。




「保険に入っていれば安心」。
それは経済的な問題に関しての話です。
ですが、必ずしも捜索費用すべてがまかなえるわけでもありません。
また、保険に入っていることと遭難しないことが、直結しているわけではありません。
遭難後の対応に差が出る、ということです。




更新の時期が来たら、よく考えましょう。
さて、どうするかな?



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  1. 2006/11/25(土) 15:19:50|
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【日々是好日104】 真冬の山に

17日に冬山の安全を祈って、中ア・千畳敷の信州駒ケ岳神社で例大祭がありました。
信濃毎日新聞の記事に出ていました。

記事についている写真を見ると、山は完全に冬の状態。
快晴なのがうらやましい。。。。

写真を見て思い出したことがあります。
1995年1月4日、ちょうど写真の鳥居の向こうあたりで、雪崩に遭った6人が死亡しました。
まさにホテル千畳敷の目の前での惨事でした。

前年までにも何度か冬にそこを通ったのですが、いつもトレースは雪崩のあった斜面についていました。
浄土乗越に至る谷筋に達するまで、左側の斜面をトラバースする、ほぼ夏道どおりのトレースでした。

斜面の状態から、なんだか気持ち悪いなぁ…と思いながらも、ラッセルがイヤで、駆け抜けるように通っていました。
とはいえ、浄土乗越へ抜けるまで、気が抜けないのは同じですが…。
トレースがしっかりついていることや、実際に雪崩れたのを見たことがなかったこと。
モヤモヤしながらも、毎度そのルートを通っていた理由でもあります。

事故発生10日後の14日、友人と2人で現場に入りました。
そのときには雪崩れた場所に赤旗が林立し、異様な光景でした。
ニュースで事故のあったことは知っていたのですが、やはり背筋がぞくぞくしました。

浄土乗越へのルート(トレース)が付け替えられていました。
いったんカールの底へ下り、まっすぐに浄土乗越へ向かうようになっていました。
「そうだよなぁ、本来はコッチが正しいよなぁ」
と思うと同時に、
「これまで何度か通って無事だったのは、単に運が良かっただけかもしれないなぁ」
とも思いました。
以後、冬はそちらにトレースがついていることが多いようです。
ホテルに常駐している遭対協の方も、そちらを通るように指導しています。

木曽駒、将棋頭を経て桂小場へ下りる予定でしたが、15日は強風で動けず。
16日にピーカンの中、千畳敷へ戻りました。



6人もの命を犠牲に、やっとルートが変わりました。
同じ場所で事故に遭う事はなくなりました。
少なくとも教訓は生かされているわけですが、あまりにも大きすぎる犠牲だったと思います。

下山のとき、稜線近くから眺めても赤旗の林がはっきりと見えました。
雪の千畳敷の写真を見るたびに思い出します。
あの光景、多分一生忘れることはないでしょう。





余談ですが、下山後、家に帰って寝ていると、明け方に大揺れ…。
そのときには何が起きたのか分かりませんでした。
経験したことのない揺れ方でした。

阪神大震災でした。

幸いにして、自分自身はほとんど被害はなかったのですが、これも忘れられません。

それもあってか、日付までしっかり覚えているのかもしれませんね。


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  1. 2006/11/18(土) 20:33:01|
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【日々是好日103】 それぞれの12月号

「岳人」と「山と渓谷」、そろって12月号が発売になりました。
何かと比較される両誌ですが、今回も比較してみました。



遭難の相次いだ一ヶ月でしたが、その扱いは、極端に違うものでした。




まずは「岳人」。
遭難カルテ119日々是好日91日々是好日101などで述べた、白馬岳のガイド登山4人死亡に、3ページを当てています。
内容は事故概要、プロガイド・田上和弘氏の記者会見の模様、気象判断、体力への過信の有無、ガイド登山を取り巻く環境などです。
死者の数もさることながら、ここのところの遭難事故の中では、最も大きな問題をはらんでいると思われるので、妥当な扱いだと思います。
ですが、救助を求めた小屋を選んだ判断については全く触れられていません。
そして天候悪化後の対応について、もう少し深い考察があってもいいのに、と思いました。
ガイドの責任についても、はっきりと言い切っていないあたりに消化不良の部分が残ります。
「結果的に登頂できなかった場合、ガイドの能力がないとみなされる場合もある」というようなことも書いてありました。
これは間違いなく参加する側の問題ですが、そこまで踏み込まれているわけでもありません。
重い問題であることを認識しているからこその3ページ展開だと思うのですが、もう少し深く切り込んで欲しかった…。
いいところまで攻め込んでおきながら矛を収め、消化不良を残す。。。
ある意味で岳人らしい記事の展開でした。




続いて「山と渓谷」。
遭難関係は1ページのみ。
妙義山の中学生一時行方不明(当ブログでは扱わず)、丹沢・大山の家族道迷い(遭難カルテ121)、三国峠の2人転落死(遭難カルテ120)を少しだけ詳しく触れ、白馬の件は1行のみ。
あまりのことに、開いた口がふさがりませんでした。
大きめに取り上げるのがこの3件とは……見識を疑います。
しかも内容に至っては、特別な切り口があるわけでもなく、ただすでに報道された経過をまとめただけに近い状態。
見解を示さないのが「山と渓谷」と言ってしまえばそれまでなんですがね…。

見解を示さないと言えば、先日の大日岳訴訟の判決後。
山と渓谷7月号では、事件と裁判の経過報告、関係者などのコメントを掲載しました。
ですが、論評や解説などの、同誌の見解を示すものは一切掲載されませんでした。

判決を受けて、同誌の編集長は新聞に「厳しすぎる判決」という内容のコメントを出していました。
にもかかわらず、自分の土俵とも言える雑誌本体ではまったくその部分にはふれずじまいでした。
これはどういうことだろう?
(内容に賛否はあろうかと思いますが、岳人7月号は判決支持の姿勢を打ち出しました)

あの事故にも、複数のプロガイドが関係しています。
プロガイドが絡む事故については、山と渓谷、論評を避ける傾向があるのでしょうか?

この2例だけで判断するには性急すぎるかもしれません。
ですが、こうも続くと、勘ぐられてもしかたないのでは、と思ってしまいます。



岳人には、ときに物足りなさを感じます。
ですが、山と渓谷は、物足りない以前の問題を見るような気がします。
なのに、それをバイブルのように思う人もいること、不思議でなりません。
日本の2大誌がこんな有様(特に山と渓谷)では、呆れるほかはないのかもしれません。
商品カタログのような巻頭特集より、もっと大事なことがあるだろうに…。


==========追記(2006.11.18)==========

紫雲さまのご指摘どおりでした。
山と渓谷12月号、この事故について6ページの記事が掲載されていました。
完全に見落としていました。
ご迷惑をおかけした方にお詫びするとともに訂正いたします。
(原文は「なかったこと」にしないために、そのまま残すこととします)

なぜ見落としたか。
そこにはいくつかの思い込みと、想像力の欠如がありました。

「Accident」(82ページ)を見て、そこにあるはず…。
そのページになくても、近くのページに掲載されているはず…。
また、このページ内に「○○ページに詳報」等の表記があるはず…。
これらの思い込みがありました。

そして、目次の「検証 10月のブリザード」(163ページ)から本件をイメージできませんでした。
「白馬」「ガイド」「死亡」などのキーワードがなく、ピンとこなかったのです。



せっかく、あらためて目を通したので、その内容についてふれておこうと思います。

まず、6ページを割いたこと。
それは、その価値があると判断したということにほかなりません。
「遭難関係は1ページのみ」「1行しか」「見識を疑う」などと書いてしまいましたが、それは撤回します。

次に、6ページにわたる記事の内容の内訳です。
救助に当たった白馬山荘、頂上宿舎のスタッフの証言と、報道された内容をあわせた経過が約4ページ。
解説・論評が1ページ強。
残りは過去や同時期に起きた事例などでした。

一応の見解は示されていたので、「見解を示さない」も本件に関しては撤回せざるを得ません。



ですが、この記事に目を通して「さすがプロの考察!」とはなりませんでした。

まず、救助にあたった人の話があること。
救助活動の生々しさが伝わってきます。
そこに意義がない、とは言いません。

ですが、今後の対策などの指針を具体的に示すものではありません。
経過が重要なのは論を待ちませんが、その後に来るもののほうがより重要です。

記者会見でプロガイド・田上氏が「気象判断のミス」と発言。
この記事も末尾で20年ほど前の立山の大量遭難と類似した気象状況と説明。
なのに文中に出てくる関係者の話などは、「予想以上の荒れ方」というようなものが大半。
これでは何が言いたいのか、分からなくなります。

そして最大の要因に挙げたのが、参加者の力量判断の誤り。
ポイントのひとつではありますが、具体的な記述がほとんどない状態です。
これを最大要因とするなら、もっと具体的な記述が必要かと思いますが…。

そして、本文でも述べたのですが、ガイド登山に関する件。
「今回はガイドが参加者の力量判断を誤ったから起きた」という論調でした。
極端な言い方をすれば、田上氏の能力・力量の問題がすべて、と言い切っているように思えます。
確かにその部分があることは否定しません。

が、ガイド登山を取り巻く環境や問題点については、全く触れられていないのです。
(岳人では少し触れられていましたが…)
まるで、田上氏をスケープゴートにして、それで終わり…とも取れるのです。
ガイド登山自体がはらむ問題、参加する側に内在する問題といったものを避けて通ったかのように思えるのです。

今回は、単なる「気象遭難」ではなく、「ガイド登山の遭難」でもあるわけですが、そこについてはほとんど触れられていないのです。

そして、救助を求めた小屋の選択。
このブログのコメント欄でも何人かの人が指摘していましたが、この点にも触れられていませんでした。
(これは岳人も同じ)
はたして、常識的で妥当な判断だったのでしょうか?
それともタブーなんですかね?



簡単に追記のまとめをします。

6ページにも渡る記事を見落としたまま字にしてしまったことは、こちらに責があります。
ですが、その内容は、事故の原因を田上氏1人にかぶせるようなものでした。
ガイド登山の問題点にはふれようとしません。
業界に対して甘い、というもともとの本記の内容からは出ていませんでした。

当方としては、今後は細かいところまで目を通してから字にしなければ…と反省しています。



ご指摘いただいた紫雲さま、ありがとうございました。


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  1. 2006/11/17(金) 21:58:11|
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【日々是好日102】 日陰の存在・中アの魅力

日本アルプス、信州の山。
北ア、南ア、八ヶ岳に比べて、中アは目立たない存在です。
北アと南アは国立公園、八ヶ岳は国定公園なのに対して、中アは県立公園。
この辺でも一段落ちる存在です。
ですが、実は結構好きなんですねぇ…中ア。。。

千畳敷周辺は人が多いですが、それ以外は比較的静かです。
北アや南アには未踏の地が結構あるのですが、中アは比較的あちこちに足を伸ばしました。

魅力のひとつに、避難小屋小屋が多いことがあります。
摺古木自然園休憩舎、安平路小屋、小八郎岳山頂小屋、中小川避難小屋、摺鉢窪避難小屋、伊奈川本谷小屋、空木岳避難小屋、池山小屋、檜尾避難小屋、金懸小屋、7合目避難小屋、大樽小屋。
営業期間外開放(一部開放含む)は、越百小屋、駒峰ヒュッテ、木曽殿山荘、頂上木曽小屋、西駒山荘。

一部はいまだ足を伸ばしたことがないのですが、ほとんどの小屋で休憩か宿泊したことがあります。
ほとんどが気持ちのいい小屋で、老朽化したものは次々に建て替えられていたりします。
うまく日程を組めば、避難小屋&営業期間外開放小屋のみで縦走ができたりします。

吹雪の中、たどり着いた小屋ほどありがたいものはありません。
避難小屋めぐりの山旅、なかなか楽しいものです。

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  1. 2006/11/15(水) 20:07:15|
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【道具を語る11】 コッヘル・食器の素材

コッヘルなどの食器類にチタン製品があふれかえるようになりました。
それ以前は、基本的にアルミ製品が主力でした。
何で今、チタン製品なのか…ということを、素材の面から考えてみました。


●重量
比重(g/cm3)を比べると、アルミ2.7に対しチタン4.51。
同じ体積なら、チタンのほうがアルミの1.7倍近く重いことになります。
てっきりチタンのほうが軽いと思っていたんですが、これには驚きました。
同じ厚さの金属板から食器を形成すれば、アルミよりチタン製のほうが重くなるわけです。
ですが、実際の商品では、若干ですがチタン製のほうが軽くなっています。


●硬度
モース硬度換算によると、チタン9に対しアルミ2~2.9。
チタンのほうが4倍前後の固さということになります。
厚みを多少薄くしても、強度的には大丈夫、ということになりそうです。
チタンのほうが固いため、薄い板から形成できるのです。
極端な言い方をすれば、チタンは厚み半分でも強度はアルミの2倍前後、重量は1割5分引き、みたいな感じでしょうか。
アルミのコッヘルは使っているうちにベコベコになりますが、チタン製はしっかりとしています。
このしっかり感と軽量さが、売れる理由なんでしょうね。


●熱膨張率(10-6・℃)
加熱したときの膨張の度合いを示す数字です。
アルミ23.5、チタン、8.9。
加熱するとアルミの方が大きく膨張する、ということです。
この膨張と、冷めたときの収縮を繰り返したとき、アルミの方がその振幅が2.5倍前後。
どうりでコッヘルの底がボコボコになっていくわけです。


●熱伝導率(J・m/s・m2・℃)
熱の伝わりやすさのことです。
アルミ0.53に対し、チタンは0.041。
10倍以上の差があるんですね。。。。
アルミの方が鍋全体に熱が伝わりやすい⇒うまいメシができる。
これは明らかでしょう。
ご飯を炊くなら、チタンよりアルミですね。
逆に熱が伝わりにくいことから言えば、チタンのカップは飲み口が熱くなりにくいと言えそうです。


●比熱(J/kg・℃)
簡単に言えば、熱しやすさ、ということです。
アルミ0.215に対して、チタン0.13。
アルミの方が温めるのに1.5倍以上の熱量を必要とする、と言うことです。
燃料の消費の差を考えれば、チタンの熱伝導率の低さもあり、微妙な感じがします。
また、アルミはチタンと比べれば「熱しにくく冷めにくい」わけです。
これは、ご飯を蒸らすときには武器にもなりえます。





さて、素材のみで考えると、コッヘルの特性が見えてきます。
うまい飯を炊くなら、アルミ。
原料の価格も安いので、商品価格にも反映されています。
少々値は張るけれど、軽くて丈夫なのはチタン。
特性からカップに向いていると思われます。
まあ、金額や重量の差は、人それぞれのとらえ方があると思いますが…。


チタンだらけの昨今。
アルミもなかなかいいもんだなぁ…と思いました。


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  1. 2006/11/11(土) 20:04:40|
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【日々是好日101】 出る?出ない?

事故報告書。
公開する義務はありません。
するしないは自由ですし、作るかどうかも自由です。
そんなことは百も承知の上で。。。

公開にいろいろな意味があることは今更言うまでもありません。
個人的には、読んでみたい、というのが正直なところです。
興味本位か?と言われると、否定できません。
山に行く以上、興味を持つのは当たり前だと思いますから。


これまで扱った中に、最近までに若干の動きがあったりなかったりしたので、いくつか書きます。


遭難カルテ119でふれた、北ア・ガイド登山の事故。
プロガイド・田上和弘氏からのアクションは今のところ確認できていません。
勤務先の登山用品店ラリーグラス、所属協会の日本アルパインガイド協会にも一切の記述がありません。
どちらのHPも掲示板に報告を求める書き込みが見られますが、関係者からの返答はありません。
沈黙を守っていると言ってもいいかもしれません。
対応を求める声に対しての沈黙…あまり誠実とは言えない気がします。
本日現在で、いまだ対応に関しては何も出てきていません。
また、この件のサブガイドの女性。
所属する山岳会の例会で「事故に関する報告とお礼」をしたことがHPに掲載されていますが、詳細は不明です。
山岳会の事故ではないので、この会のHPに掲載されることはないと思われます。
まあ、この女性が田上氏を差し置く形で報告書を出すことは、あまり考えられませんが…。


遭難カルテ113でふれた、行方不明の後、救助された男性。
事故報告書6で紹介したブログとHP、閉鎖したようです。
コメント欄を閉鎖するなど、閲覧者との対話を拒否した挙句の結果でした。
経過報告は比較的早い段階で出ていただけに、残念です。
特にコメント欄には核心を突く質問が多数あっただけに、余計、もったいない気がします。
誹謗中傷はともかく、批判とも向き合いきれなかったのでしょうか。
ご本人の対応次第では、別の展開もあったかもしれません。


遭難カルテ74でふれた、北海道ツアー登山の事故。
ツアーを企画した旅行会社ウッドウインズツーリストのHPに掲載されていた「北海道のツアーについて」と言う簡単なお詫びのページ、いつの間にか削除されていました。
ツアー報告の掲載されていたブログ山遊紀行は、リンクが切断され、ツアーカレンダーに模様替えされていました。
事故後の対応・改善策などは触れられていません。
HP上からは遭難事故の痕跡は、きれいに消えているという感じでしょうか。


遭難カルテ45でふれた北アの雪崩事故。
無名山塾のパーティーの事故ですが、公式HPでは全く触れられていません。
公式ブログ「岩小屋」に、10月11日付で報告書完成がアナウンスされていました。
メールや郵送などで会員には配布されたようですが、一般向けに公開されることはないようです。
「事故報告書は作る。公開はせず、会員内で情報共有すればよし」という考えのようです。
なお、無名山塾主宰者の岩崎元郎氏の公式HPにあたる月間岩崎登山新聞では、事故発生後、何度か更新されているようですが、この事故については全くふれられていません。
報告書のあり方について、岩崎氏の考えが反映されていると考えるのは、まあ、妥当なところでしょう。
ですが、氏の日ごろの「安心登山」等の著述からすると、なんだか釈然としないものも残ります。


最後に、遭難カルテ21でふれた、新潟・仙ノ倉山の事故。
この事故のみろく山の会、事故発生役3ヵ月後6月19日に仙ノ倉山遭難事故中間報告をHPに掲載。
20日ほどの掲載で、トップページからのリンクを削除。
ただし、更新履歴のページから、中間報告へリンクが残っています。
「最終的な結論がまとまりましたら、ホームページに掲載いたします。
 貴重なご意見、ご批判をいただきました皆様にお礼を申し上げます。」
と、会長名で記述されていますが、HP上では、いまだにまったく進んでいません。
まあ、セミナーやスクールを開いている団体が「ホームページに掲載いたします」と明言している以上、反故にすることはないと思いますが…。
ちょっと時間がかかりすぎているようにも思えます。



う~ん。
どれも見てみたいんですが、なかなか…。




==========追記(2006.11.16)==========

白馬岳のガイド登山遭難事故。
11月13日付けで、プロガイド・田上氏の勤務先の登山用品店・ラリーグラスのHPに、同ショップ代表の浦一美氏の名前で『白馬岳遭難事故について』が掲載されました。
浦氏は【日々是好日91】ガイドの言葉でもふれた方です。
事故発生直後、新聞にコメントを掲載していたので、その時は国内にいたようです。
『白馬岳遭難事故について』によると、その後ネパールへ行っていたとの断り書きから始まります。
登山計画情報によると、10月21日~11月10日に浦氏率いるガイド山行が計画されています。
関係者や登山者に向けてのお詫びに続いて、今後の流れの予測が淡々と述べられています。
報告書について
「報告書は年内には作成されるものと思いますが、恐らくアルパインガイド協会から公開されると思います」
自分のところでは掲載しない、ということです。
なんだか他人事のような書き方だなぁ、と思ったのは私だけでしょうか。。。。


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  1. 2006/11/11(土) 01:12:31|
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【道具を語る10】 プラブーツ

コドモは新しいおもちゃを手に入れると、無条件にうれしい。
今回は半ばそんな感じです。

プラブーツを新調しました。
8年ものの先代、2月に小さなクラックが入っているのを発見。
だましだまし3月、5月と使用しましたが、さすがに…。
ということで、今冬からは新しい靴を、ということになりました。

プラ靴の計量


手に持った瞬間に、「軽いなぁ」と思ったので、早速、重さを量ったら、写真のとおり944g(片足)。
せっかくなので、先代も量ってみたら、こちらは1154g。
片足で210gほど、一足で420g軽くなった計算になります。
装備の進化、こういうところにも現れるんですね。


さて、冬用のプラブーツ。
かつては革靴しかなかった時代に登場するや、一気に主役の座に。
しかし、その後、「割れる」というケースが相次ぎました。
経年劣化なんですが、ポリアミドがどうしたとか加水分解がどうしたとか、その辺はよく分かりません。
ただ、5年ほどたったら、割れる危険アリ、ということだと単純に理解しています。
最近は再び革靴が主流に戻りつつあるようです。

店でもあまり見かけなくなりました。
なんでも売れ残りを翌年売ろうとすると、製品寿命が短くなっているから、だとか。
さらにもう一年先になると、安心して客に勧められないそうです。

随分前の話ですが、目の前で割れていく同行者のプラブーツを見たことがあります。
それはもう、「割れる」というより「崩壊する」に近かったと思います。
アッパーとソールが分離し、つま先もボロボロになっていました。

下山には数時間という場所でした。
避難小屋の中で、割れた破片をコンロで乾かし、ガムテープで張り合わせ…。
そっとアイゼンをつけ、そのうえから細引きで縛り…。
さらにはゴミ袋を履かせて、その上からガムテープと細引きで補強。
そんな状態で下山したら…バス停に着いたところで、再び崩壊しました。


そんな経験があるにもかかわらず、またもやプラブーツなのです。


革靴とプラ靴のメリットとデメリット、本や雑誌に出ていますし、お店の人に聞くのもいいでしょう。
きっと私より詳しく教えてくれるはずです。

個人的な最大のメリットは…。
象足のままアウターを履いて、小用程度ならテントから出られる、ということです。
(本当に些細なことですなぁ…)

そしてもう一つ。
5~10年で買い換えることで、一度、立ち止まって考えられることです。
あと5年ちょっと、雪山を続けるのかどうか…。
今回は、やや考えた末、「続ける」となりました。


が、次回以降は段々、微妙になってくることと思います。


いつかは、雪山から身を引くときがくるんだろうなぁ…。
新しい靴を手に、そんなことを考えてしまいました。

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  1. 2006/11/07(火) 19:11:47|
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【日々是好日100】 夜行の急行列車

きたぐに

急行「きたぐに」新潟行き。
明日から三連休、という2日の夜、大阪駅にて。

帰宅するため改札を抜けたら、入線している時間なのでホームまで足を伸ばしてきました。


学生の頃、「剣にいく」というのと「『きたぐに』に乗る」というのは、ほぼ同じ意味でした。
今では数少ない、自由席のある夜行の急行列車。
「ちくま」も「アルプス」も臨時のみになってしまい、山に行く夜行、定期列車は寂しいものです。
「八甲田」「津軽」「かいもん」…。
かつて乗った列車は、今はありません。

あの垂直なベンチシートで、ビールの酔いに任せて寝る…。
快適とはいえないものの、懐かしい思い出です。

周遊券なら周遊区間内までの急行は乗り放題だったのも魅力のひとつ。
学割を使うと、結構安くなっていました。

正直なところ、列車の形式や記号(?)などはほとんど分かりません。
ただ目的地にいかに安く、そして入山に便利な時間に着けるか、それだけを考えていました。
夜行、急行、自由席…重要なポイントだったのです。


この日、連休前夜ということもあり、自由席の乗客は結構いました。
が、山に行くような姿の人は見かけませんでした。
自分も含めて、車でのアプローチが増えているんでしょうか。
なんだか、これも寂しいものです。

ただなんとなく、列車で行く山もいいなあ…と思ったのでした。

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  1. 2006/11/04(土) 19:41:15|
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【山日記 23日目】 下山

最終日。
陽が出てからの起床、撤収。
あとは数時間の河原歩きのみ。

かつてはここまで車が入っていたのだろうか。
道幅が異様に広い。

10分ほどで、藪沢の渡渉点。
入山日の項にも書いたのだが、私は渡渉が大嫌い。
一度、入山日にドボンしてしまい、下半身ずぶぬれという目にあったことがある。
それ以来、やたらとイヤなのだ。

まず丸木橋で半分ほど渡る。
後半は…とても渡れそうにない。
夜中の雨で増水したのか?

渡れそうな場所を探してウロウロ。
結局、これといった場所がなく、少しだけ上流側で、対岸に飛び移るしかなさそうだという結論に。

そばまでいくと、1メートル50ぐらいか…。
(実際はそんなにないかもしれない)
うまく飛べるかな…。
ドボンしたときも、着地失敗だったからな…。

なかなか煮えきらぬ自分がそこにあった(笑)。

何度か行きつ戻りつを繰り返し、やっとの思いで岩の上に。
締められるバンド類をすべて締め、足場を固め、息を整え…。
えいやっ!
渡渉点・・・ジャンプ!

無事、対岸に着地!
今回最大の核心部(?)を無事クリア!
バカバカしいかもしれませんが、よかったよかった!

あとは河原を戻り、駐車場へ。
いいお天気でした。


==========おまけ==========

今回の行程中、携帯電話(ドコモ・Foma)は全く通じませんでした。
仙流荘まで戻ると、アンテナが立ちました。
去年は大岩下岩小屋や稜線上ではMovaは通じていたのですが…。
アンテナ整備がなされるまで、通信手段は無線機が頼りかもしれません。

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  1. 2006/11/04(土) 17:49:52|
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【山日記 22日目】 赤河原へ

10月28日、快晴。
少々風が冷たいけど、すっきりとした秋晴れ。
展望も抜群で、言うことなし。

歩き始めてすぐ、2月に凍傷になった右手指2本がうずく。
まだ完全には治っていないという事か…。
今冬は要注意のようで…。
小一時間して、体が温まるとうずきも消えた。

道自体は何のことはない道で、ひたすら進む。
岩の迷路?を抜け、無人の甲斐駒山頂。
鋸を振り返る。
やっぱり、不思議な形の山だ。

休憩もそこそこに、出発。
駒津峰の最低鞍部手前で、久しぶりに人とすれ違う。
出発してからここまで全く人には出会わずに来たので、なんだか不思議な感じがする。

駒津峰から仙水峠へ。
双児山方面には行ったことがないのだが、仙水峠から見る甲斐駒が好きなもので、迷わずこちらをルートに選ぶ。

仙水峠で休んだ後、北沢峠へ。
北沢峠からショートカットの道で太平山荘へ。
南ア林道を渡ろうとすると、下から単独の男性。
ここからあとも、また、人のいない山道に。
東大平の樹林帯
落ち葉の積もった山道。
傾斜も緩く、疲れた足には気持ちいい。
藪沢の護岸工事のためなのか、未舗装の車道とついたり離れたりしながら下る。

やがて八丁坂へ。
つづら折りが延々と続き、登ることを考えるとイヤになる。
やがて沢に出あい、しばらく行くと丹渓山荘。
丹渓山荘

廃業された小屋で、中にテントを張る気はしない。
が、ここのテン場は私のお気に入り。
ここに泊まるために来た、といったら言い過ぎかもしれないが。。。

そのまま下山できる時間ではあったけれど、せっかくだからとここで幕営。
驚いたのは、こんなところでMBSラジオが受信できたこと。
夜中にパラパラと通り雨。
鹿がテントの近くまで寄ってきたのにもびっくりした。
クマでなくてよかった…。

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  1. 2006/11/04(土) 16:50:52|
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【山日記 21日目】 鋸から六合石室へ

10月27日。
朝起きると、上空は雲。
大きく崩れることはないだろうけど、スカッとしない天気に、ややユウウツ。

朝飯、撤収の後、ガレ場をひたすら詰める。
よく見ると踏み後らしきものがあったり、小さなケルンやテープもある。
それも、これまで来たときに気づかなかったものが多い。

稜線手前で、一瞬、ガスの中に。
ガスの中は雨ではなく小雪が舞っていた。

稜線に出ると、尾根伝いで第1高点へ。
目印は標柱1本だけで、それほど広くない。

第1高点を出て、少し行くと小ギャップ。
下りにも登り返しにも立派な鎖が設置されている。
小ギャップの鞍部は狭いので、あまり立ち止まりたくない。
人の多いときには、イヤなトコロっぽい感じ。

小ギャップを越えると、すぐに鹿ノ窓。
冬季は鹿ノ窓をくぐらず、尾根伝いに進み、大ギャップで懸垂下降するらしい。
今回は素直に夏道をたどる。
鹿ノ窓
これでもかというほどガレたルンゼを下る。
大ギャップからのルンゼと合流するあたりでガレを横断。
右の尾根に取り付く。

尾根を詰めると、そこが第2高点。
鉄の剣が1本立っているだけで、静かなものだ。

そこからは岩峰を回り込んで中ノ川乗越へ、ひたすらガレ場を下る。
ここを下り終えた後で、だいたい毎回、足が疲労で重くなり始める。
筋力不足なんだろうか。。。。

中ノ川乗越からは細い道をたどり、三ツ頭をへて六合石室へ。
このあたりから晴れ間が見え始める。

六合石室、なんと改修されていた!
6合石室
まだ塗料の臭いも抜けきっていない状態…。
この夏に工事が行われたのだろうか?

去年来た時には、石壁の一部が崩れ、屋根も一部穴が開いており…。
屋根も葺き替えられ、壁は修復され、ドアも立派なものになっていた。
そのうえ、明り取りの窓や板の間が作られており、快適な避難小屋に様変わりしていた。
まあ、以前の状態でも十分ではあったが、より快適になった。
予定通りここで宿泊。
なんだかトクした気分だ。

水場は小屋手前の裸地から10分ほど下ったところ。
ここを登り返すのは、けっこうしんどい。。。
日が暮れると、満天の星だった。

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  1. 2006/11/04(土) 15:21:18|
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【山日記 20日目】 戸台河原から角兵衛沢へ

10月26日、7ヶ月ぶりの南ア・戸台駐車場。
明け方に着いて、車中で仮眠3時間。
目覚めると、快晴。
車はほかにもう一台だけ。

相変わらずダラダラとパッキングをして、河原歩き。
紅葉は河原付近が真っ盛りで、あとは里に向かって下りていくだけのよう。

白岩の堰堤までは右岸の大きな道を行く。
途中に車が1台止まっていた。

階段で堰堤に登り、休憩。
ぽかぽか陽気で、汗も出る。

堰堤から階段で下りると、河原を横切り、左岸へ。
角兵衛沢出合で休憩。
ここで、大嫌いな渡渉があるが…。
角兵衛沢出合の丸木橋
写真のとおり、丸木橋!ラッキー!

だが、実際に渡ろうとすると、かなり頼りない…。
それでも無事に渡れて、一安心。
バランス感覚が、少し落ちているのかも。。。。

しばらくは樹林帯を進む。
落ち葉で道が埋まっており、道迷いならぬプチ迷いをくりかえしつつ高度を稼ぐ。

樹林を抜けると、ガレ沢の末端に着く。
角兵衛沢のガレ場
あまりに気持ちいいので、のんびりと休憩。

右手の樹林帯を下りていく人の鈴の音。
2~3人のパーティーと思われる。
樹林帯のルート、どこから入るんだろう?

休んだ後はガレ場をテープとケルンに導かれ、大岩下の岩小屋へ。

平日だけに誰もいないのは当然か。。。
岩の庇の下にテントを張る。
小型のテントが3張り程度可能か。

見晴らしもよく、岩の間から水が豊富に染み出している。
気持ちのいいテン場。
好きなところには繰り返し来てしまう。。。

昼寝⇒飯⇒天気図⇒就寝。
快晴微風、のんびりダラダラな1日目。
テン場についてからは、食っているか寝ているかばかりだった。

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  1. 2006/11/02(木) 18:37:22|
  2. 山日記
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