山道を行く

カラダとアタマと心。 すべて働かせるのが山の魅力でしょうかね。

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【日々是好日99】 単独行が好きなワケ


「単独登山は危険」(長野県警)
「通信手段を携行し、パーティーを組んで登山して下さい」(富山県警)
「単独登山は避ける」(岐阜県警)
「単独登山は厳禁」(山梨県警)
「単独登山はやめ、グループで登山しましょう」(静岡県警)
「単独登山はやめよう」(新潟県警・冬のみ?)
「単独登山を避け、信頼できるリーダーと行動しましょう」(群馬県警)

中部山岳地帯を管轄する各県警のHPは、「単独登山は危険だからダメ」と言う点、すべて一致しています。
もし遭難してしまったら、お世話になるわけですから、とっても無視できるものではありません。
入山口の案内板にババン!と書かれていたりします。
単独行の好きな私は、ゴメンナサイと思いつつ、看板の脇からコソコソと入山してしまいます。。。

2人以上に比べて、リスクが格段に跳ね上がることは、議論の余地がありません。
落っこちたときに通報してくれる人もいなければ、その場所だって本人しか知らないわけですから。
捜索にかかる迷惑は何倍にもなりうるわけです。
判断ミスだって、指摘してくれる人は誰もいませんし。。。

おまけに荷物は重いし、設営や飯炊きも全部自分ひとりで誰も手伝ってくれません。


でも、やっぱりやめられないんです、単独行。。。


なんで単独行がいいのでしょう?

自由度の高さや、人間関係のわずらわしさがないことは、今さら言うまでもありません。

まずはその判断が磨かれるという点。
ミスや手抜きが、すべて自分ひとりに跳ね返ってくるわけで、まさに自業自得。
となると、判断に慎重さと緊張感が加わってきます。
計画はいうに及ばず、現場での状況判断、そのほかすべて、些細なことまで…。
自由と責任は表裏一体ですから。

次に自分の力がよく分かる点。
計画からはじまって、すべての作業が自分にくるわけで、その負担は単独行独特の重さです。
ここまではできる、これ以上は無理だなぁ、これはちょっと苦手かも…。
それだけに、下山した後の達成感は、ほかに代えられない物になります。
(登頂にはあんまり達成感を感じないのもので…)
後で振り返ると、大事に至らなかったから良かったものの、自分の甘さが目に付いたりします。

最後に仲間や家族のありがたみがよく分かる。。。。。。


人の多い山に行ったのでは、あまり効果はないと思います。
別段、難しい山でなくてもいいですし、季節もいつだって構わないのです。
ですが、ほとんど人に出会わないような山での単独行でこそ、と言う気がします。
そして、そういう山が好きなんだから仕方がない…。


通常の生活で、人の気配を全く感じずに1日を過ごすことは、ほぼ不可能といっていいでしょう。
日程や山域を選べば、場合によってはそれが可能になるのです。
万が一、すれ違う人がいても、その人が単独だったら、なんだか不思議な親近感が沸くこともあります。
同じ行程だったら、全く無意味にほっとすると同時に、やれやれ…とも思います。



人っ子一人いないテン場や避難小屋で、静かな夜や朝を迎える。
すれ違う人もいない道を、黙々と歩く。
風の音、鳥獣の鳴き声、そして自分の足音…いつもよりも感覚が研ぎ澄まされていくのが分かります。
景色も何もかもひっくるめて、その場を独り占めしている感覚。
逆に言えば、自然の中にぽつんと自分ひとり。
その大きさや小ささを感じられそうな気がしたりします。
自分と向き合う、というよりも、そうせざるを得ない状態と言えそうです。
人の多い山や、グループ山行では味わえないことでしょう。。




「単独は危険」というのを、全否定することはできません。
ですが、単独行でなければ、得られないものがたくさんある、ということでしょう。
やっぱり、これからもやめられそうにないのです。。。


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テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ

  1. 2006/10/31(火) 19:28:32|
  2. 日々是好日
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:21
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コメント

ヘタレ登山者の弁

ヘタレ単独行登山者です。

ひとこと。

私、人を連れて歩くことが怖いので。



よっぽどの独立して歩ける人なら安心ですが、力量のわからない人といっしょに歩くのは怖いです。

それが、単独行の理由。
  1. 2006/10/31(火) 21:19:23 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

Re:ヘタレ登山者の弁

おーのさまへ。

登山者はすべからくヘタレであるべし。
ある意味でそうだと思います(笑)。

パーティーを組む相手は、選ぶ、というよりもおのずから決まってきます。
リーダーになるときもあれば、そうでないときもあります。

>力量のわからない人といっしょに歩くのは怖いです。

これは・・・新人教育以外では、やめといたほうが賢明でしょうね。。
  1. 2006/10/31(火) 22:01:59 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

はじめたときが家族での出発。
しかしままさん簡単な所はいいが極度のこわがりでチョとした崖はダメです。
そうするとワンコと一緒となりますが、これもそのたびにとは行きません。
山岳会はいろいろと規定がありそれに従えない状況があります。
知り合いには山ヤはいません。
そういう人はどうすればいいんですか?

単独はダメですというのはいいけどそれでも行きたい人はどうすればいいのでしょう。

他人と一緒で新緑を味わい高山で真夏の暑さから逃れ・・・
紅葉を楽しみに・・・行ってはダメといっているのでしょうか?

それでも行きたいので単独でしか行く事ができないのが現状です。

かなり臆病なぐらい慎重に行動はしているつもりですが・・・
  1. 2006/11/01(水) 01:03:49 |
  2. URL |
  3. KAZU #-
  4. [ 編集]

こんにちは

単独行をダメ、という言葉の裏にあるのは
どこに行ったかわからなくなりやすいので
探すほうが大変だ、ということであろうと思います。

これは、登山届なりで解決するはずですが
その提出率が低いので、恫喝しているのでしょう。
提出率が低いのは、モラルの問題、と考えがちですが
実は、システムで解決できる面も多々あります。
それが成されているようには見えません。


単独行のリスクが高くなるか、といわれれば
人の行動判断の心理的側面を理解すれば
必ずしも、そうは言えません。

むしろ、一人であるがゆえに
判断そのものは慎重になるのが普通です。
むしろ7人とかいったパーティのほうが
判断が甘くなるのが普通です。

これについてきちんと記述しているのは
『雪崩リスクマネジメント』(山と渓谷社)ぐらいでしょう。

判断から離れ、事故が起こった後を考えれば
単独行のほうがリスクが高いのは当然ですが
それは自明の理であり、前提ですから
それをいっても始まりません。


上記から離れ、アルピニズム、という視点から見た場合、
単独行の否定は、山文化の否定であろう、と思います。
警察が言いたくなるのは、捜索、という視点から
50歩譲って理解できますが、
名だたる山岳関係者が、同種の言葉を吐くことが
多いことには驚きます。

自身が因って立つ、山岳文化そのものを否定していることを
当人がご理解されていない、という意味で。

その意味で、KTさんのご意見は
ごくまっとうなものであると思います。
  1. 2006/11/01(水) 09:04:56 |
  2. URL |
  3. stellarcrystal #mQop/nM.
  4. [ 編集]

単独行の緊張感がたまらん
  1. 2006/11/01(水) 11:28:37 |
  2. URL |
  3. pippi #-
  4. [ 編集]

お三方へ。

KAZUさまへ。

今のところ、単独で行くほかないようですね。。。
ですが、仲間を持つということも、いいことですよ。
そういう人たちと一緒の山ってのも、楽しいものですし、世界が広がるように思います。
そんなお友達が見つかるといいですね。。


stellarcrystalさま、はじめまして。

警察の言う理由の背後にあるものは、まだ理解できます。
それと、人数が増えれば、集団心理のようなものが働いて、あまりよくないとも思います。
単独であるからこそ、より判断は慎重になり、またその力が磨かれていくのだと思います。
名だたる山岳関係者の発言。。。。
自分はどうだったの?と、逆に聞いてみたくなりますよね。。
「一度も単独なんてやったことがない」なんて返事が返ってきたら。。。それこそ、そちらに驚けそうです(笑)。


pippiさま、はじめまして。

たしかにあの緊張感は、独特ですね。
味をしめたら、病み付きになるみたいな。
山の楽しみ方のひとつには違いないと思います。
  1. 2006/11/01(水) 16:45:36 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

>単独行をダメ、という言葉の裏にあるのは、どこに行ったかわからなくなりやすいので探すほうが大変だ、ということであろうと思います。
これは、登山届なりで解決するはずですが…。

確かにその通りですが、単独ゆえの身軽さからか提出された計画書に書かれたルート(一般ルート)から外れ(バリエーションルートに)行方不明となられた方もいらっしゃいます。(中年になって登山を始めた五十代の男性(複数)でした)

<むしろ、一人であるがゆえに判断そのものは慎重になるのが普通です。

私も全ての登山者がそうあって欲しいと思いますが、そうばかりではないのが実情です。


  1. 2006/11/01(水) 17:00:33 |
  2. URL |
  3. 安倍の山伏 #-
  4. [ 編集]

安倍の山伏さまへ

お久しぶりです。

>単独ゆえの身軽さからか・・・・
>全ての登山者がそうあって欲しいと思いますが、そうばかりではないのが実情です。

困った人は、どこにでもいるものですね。
この実情にどう向き合うか、なかなか難しいところですね。。
  1. 2006/11/01(水) 19:34:13 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

登山とは、登山計画書の通りに登らなくてはならないものなのでしょうか?
現場で判断し、変更する、は当然あるのでは?
それを許容しなくては、登山など成立しないでしょう。

もちろん、気軽にルートを変える人もいるでしょう、
でも、ワケあってルートを変える人もいるでしょう、
ワケあって変えた人も、計画書と違うからといって
責められるのでしょうか?

昭和の時代、多発した気象遭難は
計画の遂行=登山、という表層的観念論が起こしたものだったのでは?
二つ玉低気圧が来ているの突っ込み
身動きできなくなり遭難、というパターンは
大学山岳部で繰り返されました。


一人であって判断が慎重にならない人の多くは
リスクを理解していないだけでは?
リスクへの認識は教育で変わります。


登山とは、登山道の上を
事前に決めたルートを、
計画書通りになぞることなのでしょうか?

管理人さんや安倍の山伏さんが、
そのような価値観であるなら、まあそれは
尊重致しますが・・・・・

ボクの知る登山とは、いきたいところへ
自由にいくことができること、
それなくして成立しません。

それは、ヨーロッパでアルピニズムが
生まれた時から変わっていないはずですが?


現場で判断し、自身の意志によって
ルートを選び、チャレンジする。
失敗はあるでしょう。
それも含めて登山ではないですか?

それを困った人というのが適切なのでしょうか?
ボクにはとても違和感あるお考えです。

どの選択肢でもリスクある
それを取った
結果、遭難した。

それを、責める、という視点が
理解できないです。

山屋にありがちな傲慢さに見えます。
遭難は誰にでもある、が前提なら
そんな視点は生まれようがないからです。

お邪魔しました。
  1. 2006/11/02(木) 15:45:43 |
  2. URL |
  3. #mQop/nM.
  4. [ 編集]

変更プランもまた。。。

どなたか存じませんが。

登山計画は捜索の際の手がかりになるものです。そこに書かれた計画と言うものは、本来ならばそうするはずだった計画そのものであるはずですね。

ならば、最初に立てた計画以外の行動をしないのか?というお話ですが、変更プランもまた、計画なのです。

きちんと立てられた山行計画ならば、エスケーププランも、その代行計画も、そのまた代行計画も、計画のうちのはずです。それをも崩すと言うのは、単なる無計画、行き当たりばったりにほかなりません。それは、冒険の範疇には含まれないだろうと思いますが、いかがなものでしょうか?

計画された冒険ならば、たとえ事前検討にない事象が起きても対応ができますし、それほど大事にはならないはずです。
無計画な行動が巻き起こした異常状況は本人だけではなく、周りも危険に巻き込む恐れがあります。それはアルピニズムとは無縁の身勝手行動なのだと考えます。

  1. 2006/11/02(木) 16:58:33 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

無記名の方&おーのさまへ


stellarcrystalさまでしょうか?
お名前の記入がありませんでしたので…間違っていたらごめんなさい。

さて、こちらの言葉が足らず、誤解されているようなので。。。

現場での判断によるルート変更は、当然アリです。
引き返したりエスケープルートを選ぶこともそうです。
天候や体調に問題があったら、当然、変更すべきでしょう。
まあ、エスケープルートは計画書上に表記できる範囲だとは思いますが…。
いずれにしても、予定コースを何が何でも進まなければならない、というのではありません。

>一人であって判断が慎重にならない人の多くはリスクを理解していないだけでは?

そうだと思います。
そして、そういった人を「困った人」と言ったつもりなのですが…。
備えも技術もないままに、ムリな方へ突っ込む人のことを「困った人」と言いたかったのです。

>ボクの知る登山とは、いきたいところへ自由にいくことができること、それなくして成立しません。

基本的に、皆そうだと思います。
行きたくないところには行かないし、どこに行こうが自由です。
ですが、自由には、当然それに伴うものがあり、それなしの自由はありえないと思います。
ただ自由気ままに突っ込んで事故を起こせば、多くの人に迷惑がかかるわけですから、そうならないようにすべきだと思いますが。。。
その「迷惑」というのも、リスクのうちではないでしょうか。
それと、「無計画・無軌道・無謀・身勝手」といったものと「自由」を、分けるべきだと思うのですが。。。。


>現場で判断し、自身の意志によってルートを選び、チャレンジする。
>失敗はあるでしょう。
>それも含めて登山ではないですか?

このへんになると難しいですね。
チャレンジはよしとしても、そこに至るまでの十分な準備あってのものだと思います。
そして、失敗がないよう、最大限の努力をすべきでしょう。
小さなミスや、大事に至らなかったミス、これは数多くあると思います。
それを毎度検証する作業を積み重ねていくのが、継続されていく登山のひとつと考えます。

>どの選択肢でもリスクある
>それを取った
>結果、遭難した。
>それを、責める、という視点が理解できないです。

この点、あなたの仰る「リスクを理解していない」人のことについて、責めることが当てはまる部分があります。
というのは、それを積極的に理解しようとしたかどうかがひとつの分かれ目でしょう。
もちろん、ケースバイケースではありますが。。。

「遭難は誰にでもある」
それは、間違いなく前提条件です。
ですが、「誰にでもあるからこそ、自分にも起きうる。だから、そうならないように努力すべき」だと思います。
技術や判断力を磨くのはそのためではないでしょうか。
問題はそれがどの程度あったか、だと思います。



ただですね。。。。
「アルピニズム」を持ち出されると、正直、困惑してしまいます。
自分が正しく理解しているとも思えないですし、それがなんなのかも、実際よく分かりません。
ましてや他人様に説明することなど、到底ムリです。
他の人に聞いた話でも、人によって微妙に違う部分があったりします。
自分自身に答えが出てくるまで、とてもアルピニズム論には到達できそうにありません。
当方の浅学、なんといっていいのやら…。
分かる範囲から考えて行きますので、またご意見などありましたら、よろしくお願いします。


  1. 2006/11/02(木) 17:28:58 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

単独行の話じゃないですけど。

#mQop/nM.さん
>失敗はあるでしょう。
>結果、遭難した。
みたいな軽いノリで死なれちゃっては可哀想だから、責める、というか口うるさく言ってるんじゃないですかね。ここのみなさんも、警察の方々も。

遭難の悲惨さをきちんと認識したうえで、「それも含めて登山」と言える人は好きなようにやればいいと思います。でも、たぶん多くの人はそうじゃない。遭難すれば「こんなはずじゃなかった」と、必ず後悔します。事故が起こる確率だけを考えても、本当のリスク認識とはいえません。大事なのは万が一、事故が起こった場合に、自分がどんな最悪な事態に陥るかを想像することだと思います。

文化もアルピニズムも、他人の迷惑も興味ありませんけどね。覚悟もなく危ないことをやっている人を見れば、人情として止めたくもなります。
  1. 2006/11/03(金) 03:36:29 |
  2. URL |
  3. まの #unovEIcc
  4. [ 編集]

思うのは、日本の山は、山好きが山をつまらなくしている、ということですね。

>きちんと立てられた山行計画ならば、エスケーププランも、その代行計画も、そのまた代行計画も、計画のうちのはずです。それをも崩すと言うのは、単なる無計画、行き当たりばったりにほかなりません。それは、冒険の範疇には含まれないだろうと思います

計画を遂行する=登山、という価値観にいらっしゃるなら、上記は正論でしょうね。でも、本を読み、詳細に地図を調べ、事前に机上でルートの細部まで調べ上げ、そして、それをなぞり、確認するような山行が楽しいのでしょうか? 楽しい、と思われる気持ちがあるので、あれば、それは否定いたしません。しかし、ボクには、それはひどく陳腐な遊び方であり、まるで「かならず成功する企画書を出せ」と言うリスクの意味を理解していない無責任な上司の考え方そっくりに見えます。w

先は読めるものであり、計画できるものだ・・・・という考え方が、今の世の中は支配的です。それを養老孟司氏は、脳化社会と論じていますが、現場判断での計画の変更と、その計画変更が事前に立案されていないといけない、という思考形態が、脳化そのものに、ボクには見えます。そして、その思考形態こそが、完全に読むことができない自然の中での行動=登山、にとっては、もっとも警戒すべきものである、と考えています。

冒険とは難しい話ではないのです。単に、先が読めないという状況に入っていく行為、というだけの話です。よって、代案がない計画は冒険ではない、というご指摘は、ボクからみれば笑止。リスクを冒す意味を全くご存じでない、言い換えれば、リスクある環境である山岳に入る登山の意味を理解されていない、というようにしか思えません。


>覚悟もなく危ないことをやっている人を見れば、人情として止めたくもなります。

これまた「凄い」ご発言ですね。「覚悟の有無」という他人の脳味噌や心の中がわかるのですね。笑。ネットでは、こういうのって、電波、っていうのですが・・・・。ボクに言わせれば、こうした勘違いした善意が、日本の山をつまらないものにしているのですよ。

もっと個人を尊重したらいかがでしょうか? あなただって、自身を判断を尊重してほしいでしょう。人の心の奥底はのぞけないものですよ。ボクがあなたに対して「覚悟の程度がわかる」といったら、不快に感じるでしょう。それと同じことです。

山で事故ればただじゃすまない、なんて誰でも、簡単に想像できること。装備をどうするのかは、当人が決めればいいことで周りがとやかく言うことじゃない。

問題は、その装備を持たないと、どうなるかを理解していればいいのであって持つか持たないかは、あくまで個人の問題。それを、日本ではごっちゃにして、第三者が「持つべきだ」と声高に言う。それって、登山という行為の根底を成す「自己決定権」の否定ですよ。それを分かっていらっしゃるのだろうか? と。だから、装備持ってばいい、という人がでてくるわけですし、装備をもっていないから意識が低い、なんて、これまた低レベルの話がでてくる。


>、「誰にでもあるからこそ、自分にも起きうる。だか>ら、そうならないように努力すべき」だと思います。
>技術や判断力を磨くのはそのためではないでしょうか。
>問題はそれがどの程度あったか、だと思います。

もう少し考えたほうがいいと思いますよ。この論理の先にあるのは「登山ライセンス制」ですよ。w 山好きのあなた自身の考えが、山をつまらないものにしかねない道の先導役を果たしているのですから。


そして、もっとも大事な点は、技術レベルと登山の核心にかかわる致命的な事故発生率は必ずしもイコールじゃない、ってことです。むしろベテランのほうが、「なんでよ・・・・」というような稚拙な事故を起こしている。でも、基礎的なミスだって、認めない人が多いですけどね。


自由と迷惑、はセットにしないほうがいいと思いますよ。それは結果、出口のない思考形態にはまりますので。本来、別のことなんですから。ひょっとして、イラク人質事件の時、野口健とかのナンチャッテ自己責任論に乗ってバッシングしたほうなんでしょかね。論理構造がそうなっていますので。これはまた機会があったら書くかもしれません。
  1. 2006/11/04(土) 08:26:42 |
  2. URL |
  3. #mQop/nM.
  4. [ 編集]

>「覚悟の有無」という他人の脳味噌や心の中がわかるのですね。
ああ、すんません。こんなものは分かりっこないです。「覚悟があるかどうかはっきりしない人に、自分の経験上、最善だと思うことを言う」に訂正します。で、それを聞きいれるかどうかは個人の自由、と。発言するほうにも自由は当然あるでしょうから、それでいいんじゃないかと思ってます。ウザいと思うのも自由です。結果として「知らなかった」で死ぬ人が1人でも減ってくれれば、僕はそれでいいです。

#mQop/nM. さんの意見は好きですよ。ご自分のブログで、ふさわしいタイトルの下に展開していただけたら、ネット上の資源としてより有用なものになると思います。煽りでもなく釣りでもなく、そうしてくれると個人的にうれしいです。
  1. 2006/11/04(土) 12:24:20 |
  2. URL |
  3. まの #osd7LS92
  4. [ 編集]

まのさまへ

まのさま、はじめまして。
レスが遅れて申し訳ありません。

>軽いノリで死なれちゃっては可哀想だから…(以下略)
>結果として「知らなかった」で死ぬ人が1人でも減ってくれれば、僕はそれでいいです。

まったくそのとおりです。
どう見ても危なっかしいと思われる人に「もしもし?」って言ってしまうのは同じです。
少なくとも見ている目の前で「うわーっ」てなことにならないように願うのみです。
所詮遊びなんだから、事故のないように、と思うのは、「自由」には関係なく、自然なことだと思います。

>万が一、事故が起こった場合に、自分がどんな最悪な事態に陥るかを想像することだと思います。

想像力を働かせること、まず大事な点でしょうね。
そこからできることもあるはずですから。
想像力の欠如、実は恐ろしいもののひとつだと思っています。
  1. 2006/11/04(土) 14:03:35 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

無記名の方へ

あなたにとっての「計画」とはなんでしょう?
まずそこが明確になっていないのが、議論のかみ合わない理由の一端かと思います。
「読解力不足」と仰るのでしたら、それは甘んじて受けます。
ですが、あなたの計画に対する分かりやすい(私にもわかるレベルで)説明がない限り、比較しての議論はできかねます。


>本を読み、詳細に地図を調べ、事前に机上でルートの細部まで調べ上げ…(以下略)

これはこれで、結構楽しいんですけどね、私。
もちろん、登山の楽しさのすべてではありませんが、重要な要素のひとつだと思います。
それを「陳腐」と仰るのなら、「陳腐でない」計画の楽しみ方を教えてください。


>「かならず成功する企画書を出せ」と言うリスクの意味を理解していない…(以下略)

「かならず」とは言いません。
が、計画段階から失敗が透けて見えるものは、やはりダメでしょう。
やる前からムリが見えているものは、あなたの上司(?)でなくても「ノー」と言わざるを得ません。
「考えうる限り、事故のない計画を」というのでいいのではないでしょうか。
「必ず」とか「絶対」が存在しないケースがあるのは重々承知の上でですが…。


>現場判断での計画の変更と、その計画変更が事前に立案されていないといけない、という思考形態が…(以下略)

考えうる計画変更すべてを事前に考えておくこと、いけないですか?
想定範囲外のことを言っているのではありません。
想定できることについて、事前に手を打っておくこと、危険があるからこそだと思います。
それって、リスク軽減にはなっていないのですか?
さらに言えば、想定範囲が広がるほど、想定外の範囲は小さくなると思います。
もちろん、どこまで行っても想定外がゼロになるわけではありません。
ですから、想定外のことが起きたときにどうするかが問題になる、というのであれば分かりますが…。


>単に、先が読めないという状況に入っていく行為、というだけの話です。

読めるものは読んでおくべきでしょう。
それすら読んでいない(読もうとしていない・・・か?)人を「困った人」と書きました。
当然、山に入ってからのこと、すべては読みきれません。
どこまで想定するか、ということだと思いますが…。


>山で事故ればただじゃすまない、なんて誰でも、簡単に想像できること。

だから、そうならないように、何ができるかを考えるべきだと思うのですが…。


>この論理の先にあるのは「登山ライセンス制」ですよ。

ここ、全く理解できません。
旧ソ連にライセンス制度のようなものがあったとおぼろげに記憶しています。
このライセンス制が「くだらない」ことは論を待たないと思います。
また、そんなライセンス自体が意味のないものだと言うことは、誰しも分かるはずですが…。
それぞれが技術や判断力を磨くことと、ライセンス制のつながりが全く見えてこないのです。


>山好きのあなた自身の考えが、山をつまらないものにしかねない道の先導役を果たしているのですから。

「先導役を果たす」ほどの発言力があるとお考えでしたら、それは過大評価に過ぎません(苦笑)。
ネットで発信している以上、何がしかの影響力があることは否定しませんが、少なくとも「先導役」とはもっとエライ人(?)のことではないでしょうか。
あなたのおっしゃる「つまらないもの」というのが、いまひとつよく分からないので、できれば「つまらなくないもの」というのを明示してください。
でなければ、お答えのしようがありません。。。。


>そして、もっとも大事な点は、技術レベルと登山の核心にかかわる致命的な事故発生率は必ずしもイコールじゃない、ってことです。

これには同意します。


>自由と迷惑、はセットにしないほうがいいと思いますよ。

そうでしょうか?
「自由であるために、他人に迷惑をかけてもいい」なんてことになったら、それは暴論に過ぎません。
遭難や事故を起こせば、捜索や救助などで多くの人を巻き込んでしまいます。
家族、友人、職場などにも影響があると思います。
他人を巻き込んでいいという自由は存在しません。
「自由であること」は大前提ですが、「他人に余計な迷惑をかけない」というのも、同じ重さの前提だと思います。
この場合、「他人に余計な迷惑をかけない」というのは、「事故を起こさない」と言い換えても差し支えありません。




なお、お願いが一点だけ。
NHなり表題を入れていただいたほうが、レスのあて先が明確になるので、できれば次回からは何がしかのモノを記入していただけると助かります。
まあ、なければならない、というものではありませんが…。

  1. 2006/11/04(土) 14:28:01 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

管理人さま

こちらこそ、挨拶もなしに話に割り込んで、どうもすみません。ここはいつも楽しく拝見させてもらっています。

臆病っていうのは、危険に対する想像力に秀でているという意味で、もっと前向きに評価されてもいい才能かなぁとは思いますね。まあ、別に評価なんかしなくても、そういう人は「生き残る」という実績を残していくわけですけど。
  1. 2006/11/04(土) 14:41:44 |
  2. URL |
  3. まの #osd7LS92
  4. [ 編集]

Re:管理人さま

まのさまへ。

>挨拶もなしに話に割り込んで・・・(以下略)

いろいろな考えの人がいるものです。
横から入ってくる人の存在も、議論を進める上でアリかなと思っています。
1対1では見落としがちなものに気づかせてくれる場合もありうるからです。
今後も遠慮せずにどうぞ。

山に行く以上、臆病であることや慎重であることって、とても重要だと思います。
評価されるべき才能というよりも、常に持ち続けなければならないモノ、というぐらいに考えてもいいかと思います。

所詮、山登りなんか、どんな理由をつけたところで遊びの範囲を出ません。
そんな遊びで死にたくないですし、けがだってしたくないんですけどね・・・。
  1. 2006/11/04(土) 15:33:50 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

計画性とは

> 先は読めるものであり、計画できるものだ・・・・という考え方が、今の世の中は支配的です。(中略)思考形態が、脳化そのものに、ボクには見えます。そして、その思考形態こそが、完全に読むことができない自然の中での行動=登山、にとっては、もっとも警戒すべきものである、と考えています。

> 冒険とは難しい話ではないのです。単に、先が読めないという状況に入っていく行為、というだけの話です。よって、代案がない計画は冒険ではない、というご指摘は、ボクからみれば笑止。リスクを冒す意味を全くご存じでない、言い換えれば、リスクある環境である山岳に入る登山の意味を理解されていない、というようにしか思えません。


成功する計画とは、自分の考えうる限りの可能性を考えて、それをつぶしておくことだと思っています。ただし、それでも絶対はない。自分が知らないこともあるし、思いがけない何百年に一回と言う事態が発生するかもしれない。それに対処するのがリスクヘッジだと思うし、冒険だと思います。
ただし、何も対処できる能力を持たなければ、その突発事態にも対応できないでしょう。「リスクをとる」ということは、何もせずに突っ込むということではなしに、リスクヘッジできる確証をもって、リスクを踏み潰すことだと私は考えています。
だから、どんなリスクにも対応できる体力と技術力と経験をもっている人ならば、ほとんど計画を立てずに簡単な予定だけで進むこともできるでしょう。そんな人の行動を無計画だの、無謀だのということはしませんよ。
これは、山行でも、会社のプロジェクトでも同様だと思っています。
ただし、リスクヘッジできる能力もなしに、計画も立てずに、突っ込んでしまう行為は無謀と呼びます。リスクは確率論じゃありません。結果オーライで済ませるような行動をいつまでもしていれば、必ず、障害は起きますし、その障害に対処する能力がなければ、山ならば遭難し、会社のプロジェクトなら破綻するでしょう。

それが私の言う計画の意味です。

ちなみに、私は山岳をリスクのある環境だとは思いませんよ。それじゃ、生活できませんので。山のリスクを高くしているのは登山者本人です。
リスクを高くするのも、リスクを低くするのも、登山者の心掛け次第ですが、リスクの高い登山をし続けている人が遭難するのはあまり救助して欲しいとは思いませんね。「捜索しないで下さい」と書置きして山に行ってもらいたいです。

  1. 2006/11/05(日) 23:50:40 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

Re:計画性とは

おーのさまへ。

おっしゃること、よく分かります。

ただ、無記名の方の本意がどこにあるのか図りかねているところです。。。
案外、収束点は同じところに向かっているのかも…とも思ったりはしますが…。
ま、これははっきりしません。

「傲慢」「つまらない」「陳腐」等の言葉から、不快感は伝わってくるのですが、どこがどう不快なのかがよく分からないのです。。。
「脳化」とか「イラク人質事件」等を持ち出されると…。
私にとっては、もう、「アルピニズム」以上にわけが分からないんですがね(笑)。

できれば、批判の前に「リスクある環境である山岳に入る登山の意味」を、ご説明いただきたいなぁ・・・と。
それに基づく批判であれば、「???」が「!」にもなりうるんだと思います。

議論のかみ合うところからのリスタートにするほかはないんでしょうかね。。。
なんだかモヤモヤしたモノは残っていますが。
  1. 2006/11/06(月) 11:44:37 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

以外と

うーん。
以外と同じところに立脚しているのかもしれないなあ、とは思いましたが。

> できれば、批判の前に「リスクある環境である山岳に入る登山の意味」を、ご説明いただきたいなぁ・・・と。

そうなんですよね。
  1. 2006/11/06(月) 12:42:38 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

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