山道を行く

カラダとアタマと心。 すべて働かせるのが山の魅力でしょうかね。

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【日々是好日101】 出る?出ない?

事故報告書。
公開する義務はありません。
するしないは自由ですし、作るかどうかも自由です。
そんなことは百も承知の上で。。。

公開にいろいろな意味があることは今更言うまでもありません。
個人的には、読んでみたい、というのが正直なところです。
興味本位か?と言われると、否定できません。
山に行く以上、興味を持つのは当たり前だと思いますから。


これまで扱った中に、最近までに若干の動きがあったりなかったりしたので、いくつか書きます。


遭難カルテ119でふれた、北ア・ガイド登山の事故。
プロガイド・田上和弘氏からのアクションは今のところ確認できていません。
勤務先の登山用品店ラリーグラス、所属協会の日本アルパインガイド協会にも一切の記述がありません。
どちらのHPも掲示板に報告を求める書き込みが見られますが、関係者からの返答はありません。
沈黙を守っていると言ってもいいかもしれません。
対応を求める声に対しての沈黙…あまり誠実とは言えない気がします。
本日現在で、いまだ対応に関しては何も出てきていません。
また、この件のサブガイドの女性。
所属する山岳会の例会で「事故に関する報告とお礼」をしたことがHPに掲載されていますが、詳細は不明です。
山岳会の事故ではないので、この会のHPに掲載されることはないと思われます。
まあ、この女性が田上氏を差し置く形で報告書を出すことは、あまり考えられませんが…。


遭難カルテ113でふれた、行方不明の後、救助された男性。
事故報告書6で紹介したブログとHP、閉鎖したようです。
コメント欄を閉鎖するなど、閲覧者との対話を拒否した挙句の結果でした。
経過報告は比較的早い段階で出ていただけに、残念です。
特にコメント欄には核心を突く質問が多数あっただけに、余計、もったいない気がします。
誹謗中傷はともかく、批判とも向き合いきれなかったのでしょうか。
ご本人の対応次第では、別の展開もあったかもしれません。


遭難カルテ74でふれた、北海道ツアー登山の事故。
ツアーを企画した旅行会社ウッドウインズツーリストのHPに掲載されていた「北海道のツアーについて」と言う簡単なお詫びのページ、いつの間にか削除されていました。
ツアー報告の掲載されていたブログ山遊紀行は、リンクが切断され、ツアーカレンダーに模様替えされていました。
事故後の対応・改善策などは触れられていません。
HP上からは遭難事故の痕跡は、きれいに消えているという感じでしょうか。


遭難カルテ45でふれた北アの雪崩事故。
無名山塾のパーティーの事故ですが、公式HPでは全く触れられていません。
公式ブログ「岩小屋」に、10月11日付で報告書完成がアナウンスされていました。
メールや郵送などで会員には配布されたようですが、一般向けに公開されることはないようです。
「事故報告書は作る。公開はせず、会員内で情報共有すればよし」という考えのようです。
なお、無名山塾主宰者の岩崎元郎氏の公式HPにあたる月間岩崎登山新聞では、事故発生後、何度か更新されているようですが、この事故については全くふれられていません。
報告書のあり方について、岩崎氏の考えが反映されていると考えるのは、まあ、妥当なところでしょう。
ですが、氏の日ごろの「安心登山」等の著述からすると、なんだか釈然としないものも残ります。


最後に、遭難カルテ21でふれた、新潟・仙ノ倉山の事故。
この事故のみろく山の会、事故発生役3ヵ月後6月19日に仙ノ倉山遭難事故中間報告をHPに掲載。
20日ほどの掲載で、トップページからのリンクを削除。
ただし、更新履歴のページから、中間報告へリンクが残っています。
「最終的な結論がまとまりましたら、ホームページに掲載いたします。
 貴重なご意見、ご批判をいただきました皆様にお礼を申し上げます。」
と、会長名で記述されていますが、HP上では、いまだにまったく進んでいません。
まあ、セミナーやスクールを開いている団体が「ホームページに掲載いたします」と明言している以上、反故にすることはないと思いますが…。
ちょっと時間がかかりすぎているようにも思えます。



う~ん。
どれも見てみたいんですが、なかなか…。




==========追記(2006.11.16)==========

白馬岳のガイド登山遭難事故。
11月13日付けで、プロガイド・田上氏の勤務先の登山用品店・ラリーグラスのHPに、同ショップ代表の浦一美氏の名前で『白馬岳遭難事故について』が掲載されました。
浦氏は【日々是好日91】ガイドの言葉でもふれた方です。
事故発生直後、新聞にコメントを掲載していたので、その時は国内にいたようです。
『白馬岳遭難事故について』によると、その後ネパールへ行っていたとの断り書きから始まります。
登山計画情報によると、10月21日~11月10日に浦氏率いるガイド山行が計画されています。
関係者や登山者に向けてのお詫びに続いて、今後の流れの予測が淡々と述べられています。
報告書について
「報告書は年内には作成されるものと思いますが、恐らくアルパインガイド協会から公開されると思います」
自分のところでは掲載しない、ということです。
なんだか他人事のような書き方だなぁ、と思ったのは私だけでしょうか。。。。


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テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ

  1. 2006/11/11(土) 01:12:31|
  2. 日々是好日
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コメント

報告書

遭難なんて経験はめったにできるもんじゃないし、しかし、その経験がないと遭難を予防することも、実際の遭難する事態になったとしても切り抜けることもできないから、そのためにも、報告書を公開する意味はあるように思います。
ただし、自分の失敗をさらけ出すことは難しいし、学生時代から山岳部に入って、「小さなものでも遭難したら報告書を書く」という躾ができてなければ、いい年をした自尊心の塊のような年配者には、自分の間違いを認めることすら難しいのかもしれません。
ただ、世間を騒がすような遭難事件を起こしたのですから、大きなものだけでも、きちんと検証して公開するべきだとは思いますね。
同じような間違いを、他の人々に味あわせることがないように。

ちなみに、アルペンガイド協会のホームページから登録ガイドの名簿が消えましたね。

昨日、立ち読みをした登山安全関係の本で、著者は海外登山経験や登山経験が単に長いことでベテラン扱いされることに対して、「夏の日本アルプスや海外の高山のガイド登山をいくらやってもそれは登山の経験にはならない。登山の経験とは遭難ぎりぎりの状態をどのくらい切り抜けたかだ」と書いていました。
皆が遭難してしまうとそれはそれでまずいので、その経験を少しでも補うために遭難の報告書があるんじゃないかと、学生時代、友人の山岳部の事故報告書を読みながら思いましたが、人それぞれで思いが違うんですね。
  1. 2006/11/12(日) 23:16:36 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

こんにちは
「登山の経験とは遭難ぎりぎりの状態をどのくらい切り抜けたかだ」
興味深い視点ですね。
興味深いとは、必ずしも賛意ではないのですが。
書名をお教え頂ければ幸いです。
おーの様
  1. 2006/11/13(月) 09:06:19 |
  2. URL |
  3. ななし #-
  4. [ 編集]

たぶん

ななしさん

たぶん、↓だと思いますよ。

http://www.yamakei.co.jp/prev.php?id=9840

「修羅場を切り抜けた数」というような表現をしていたはずです。

  1. 2006/11/13(月) 10:49:24 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

おーのさま&ななしさまへ

まとめレスですがご容赦ください。

事故報告書公開の意義、否定する人はあまりいないと思います。
義務、とまでいってしまうと、何かと問題もあろうかと思いますが・・・。

ですが、プロガイド、山岳ツアー専門の旅行業者、そして岩崎元郎氏率いる無名山塾・・・今のところそろって公開の意思表示はありません。
こんなんでいいんかなぁ・・・という思いは消えませんがね。。。

日本アルパインガイド協会の名簿、まだありますよ。
トップページから「協会の御紹介」⇒「アルパインガイド」で、たどり着けます。

話題の本、次に本屋に行った時にでも探してみます。
  1. 2006/11/13(月) 11:47:38 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

でた?

報告書はまだですが、ラリーグラスのHPに報告書についてお知らせが出ました。

http://www.raliguras.com/news/news20061113.html

刑事になっていると、大変ですね。

  1. 2006/11/14(火) 14:05:27 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

同じような主張ですが

こちらでも

> 「事故の当事者は、『自分たちには経験がある』と言っていたようですが、専門家から見ると素人の域を出ていないといえます。趣味で始めた人と、経験を積んできた人との決定的な違いは、『自然の怖さを知っているかどうか』にあります」(磯野氏)。

> 例えば、知らない場所でも地図が読めるかどうか。暗くなったり、寒くなったらどうするのか。天気は読めるか。経験があれば、事前の用意も含め、適切に対処していける。しかし、ツアーに何度か参加したくらいでは、『判断力を養う』という意味での経験を積んだとは到底いえないのである。

ということを言っていますね。

日経BPサイト
「【特集】中高年の登山者が招く事故やトラブルとは?」
社団法人日本山岳ガイド協会理事長 磯野剛太氏
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/special/57/
  1. 2006/11/14(火) 17:12:12 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

こんな経過もあります。

まとまりのないコメントでスミマセン。

ご存知かも知れませんが、みろく山岳会の会報「みろく№288」を読むと、同会の仙の倉北尾根事故調査検討委員会で9回にわたり検討された遭難報告書。さらに再検討、最終報告書がまとまり、11月の例会で事故調査・検討結果報告集会を開くようです。

横浜の山道具店におかれた会報ですから、会員以外の一般の目に会としての姿勢概要を触れても、詳細報告会は会員だけという事でしょう。まだ、良心的な姿勢に思えるのですが。

広義での営業活動(会員の勧誘やPR・広報)は広く浅くなんでしょうね。岩崎氏やガイド協会、マイナスイメージの事故報告の取り扱いに苦慮されているようにも思われます。(この躊躇がある限り、私も彼らと積極的にかかわりを持ちたいと思いませんが)

 報告書を受ける側も真摯な方々ばかりならばまだしも、やはり、不特定多数のネットの世界では、難しいものがありますから。



  1. 2006/11/14(火) 20:25:43 |
  2. URL |
  3. テントミータカ #-
  4. [ 編集]

おーのさまへ

ご紹介のHP、のぞいてきました。

ショップのほうはやっと・・・という感じですね。
ま、放置するわけではなかったということですから、もう少し待ちましょう。

死者が出ている以上、刑事事件にはなるでしょうね。
逮捕なんてことはないでしょうが、書類送検や刑事裁判はあるかもしれません。
検察判断で不起訴ってのもありえます。
民事は、遺族しだいでしょうね。。。

「日本山岳ガイド協会の倫理委員会に取り上げられ、審議されるようになります。」
審議内容、公開されるんでしょうか・・・。
あんまり期待はできませんが。。。

磯野氏の話。
ごく当たり前のことだと思いますが、それすらできな人が増えていることでしょうか。
わが身にも問い続けていきたいと思います。
  1. 2006/11/14(火) 23:45:10 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

Re:こんな経過もあります。

テントミータカさま、こんばんわ。

みろく山の会、横浜の会ですから地元では会報を店に置いているのかも知れませんね。
大阪では見かけたことがありません。

>最終報告書がまとまり、11月の例会で事故調査・検討結果報告集会を開くようです。

WEB上での公開はその後ということになるんでしょうね。
まだ向き合っている姿勢がある以上、良心的かも知れません。
ただ、その動きがキャッチできにくいのが難ではありますが・・・。
ずいぶんと時間をかけて作成した報告書ですので、それなりのものが出てくるのでしょうかね。。。

>広義での営業活動(会員の勧誘やPR・広報)は広く浅くなんでしょうね。
>岩崎氏やガイド協会、マイナスイメージの事故報告の取り扱いに苦慮されているようにも思われます。
>(この躊躇がある限り、私も彼らと積極的にかかわりを持ちたいと思いませんが)
>報告書を受ける側も真摯な方々ばかりならばまだしも、やはり、不特定多数のネットの世界では、難しいものがありますから。

同感です。

岩崎氏やガイド協会・・・。
登山者の指標(指導?)的存在ですね。
そういうところが、まず範をたれる存在であって欲しい。。。
個人的にはそう思います。

一般の山岳会などに、報告書を公開しているケースも何件かあります。
WEB上だったり、雑誌の誌面を借りたり、方法はいくつかあります。
それができているところもあるのに、何でできない?

困ったもんです。。。
  1. 2006/11/14(火) 23:57:30 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

おーのさん
ありがとうございます。
丸山晴弘さんでしたか。

ABSという言葉をご存じですか?
丸山さんが言っている言葉です。
それを聞いて以来、
わたしは丸山さんの言葉を信じません。

  1. 2006/11/15(水) 01:45:47 |
  2. URL |
  3. ななし #mQop/nM.
  4. [ 編集]

ABS?

> ABSという言葉をご存じですか?

いえ。自動車のブレーキしか存じませんでした。

> 「あの・バカ野郎・遭難」の隠語。無謀な計画・装備で遭難するとこう呼ばれる。
出典:http://www.din.or.jp/~konnopro/tzmix.htm

という意味ですか。

ううむ。私は少しの間、山岳遭難の地元だったこともありますから、こういう気持ちはちょっとわかりますね。

止めたのに言うことを聞かずに遭難したような場合やあらゆる媒体で危険だと言うのを聞かずに突っ込んで遭難したような場合。また、無茶というよりも無謀/無理と言うべき行動(ハイヒールで高山に行ってしまう。どう見ても1泊は必要なのに日帰りのつもりで入山する。行動中に日没を迎えるような行程を平気で計画する。歩くのも困難な荒天の中を制止を無視して出発する。など)で遭難したような場合は「このやろう」と思うこともあります。特に、地元で、遭難対策をされているような方はそういった思いは強いように思います。

ななしさんはどういうところが「意に反する」とお考えなのですか?

  1. 2006/11/15(水) 15:56:59 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

死のうと思って山に入る人はいないと思います。
リスクを取り、そして結果として、
自分の死で、そのリスクの対価を支払った。
それで十分ではないかと思います。

それを侮蔑する言葉を吐く必要があるのでしょうか?

その発言に、まず人間性を疑いますし、
また、登山とは自身がルールを決めることができるスポーツである、
という登山の前提を否定しております。

丸山氏自身、自己の能力を超えるチャレンジを
いくつもしてきたはずです。
そこで運を使ったこともあるはずです。
つまり、自身も同種のことをしてきている、という
自覚=謙虚さが喪失しております。

アルパインクライミングの若手が少ない、と嘆く声があります。
極限でのチャレンジ、が真に育つには
日々でのチャレンジを容認するような土壌がなくてはなりません。

自身のモノサシを他者にあてはめ
自身は安全地帯にいて、
チャレンジした結果として、死した人に侮蔑する言葉を吐く
その程度の人間が登山界の中心にいる
まさに、やせ衰えた山岳文化の象徴でしょう。

過去の実績での裁判官気取りの木っ端役人根性。
それは、登山が本質的に持っている冒険性の対極にあります。

よって、わたしは丸山氏を登山家としては、もはや認めておりません。
無謀な遊びをした子どもの時代を忘れた大人、ということです。
  1. 2006/11/18(土) 15:57:51 |
  2. URL |
  3. ななし #mQop/nM.
  4. [ 編集]

お返事ありがとうございます

ななしさん、お返事ありがとうございます。

ただ、どうしても、すべての山岳事故を冒険の結果として美化することは、私にもできません。

大人は大人として行動に責任を持つべきです。それは自分自身だけではなく、社会に対しても同様だと考えます。

それすらもできていない遭難事故は私も「このバカ野郎!」と思ってしまいます。
  1. 2006/11/19(日) 00:25:48 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

「大人としての行動に責任を持つべき」が理解できません。
ご教授いただければ幸いです。

>ハイヒールで高山に行ってしまう
このような女性に「バカ」という言葉を投げつけるのか
それとも、初歩的な啓蒙ができていない、と考えるのかで
見える世界は全く別であろうと思います。
わたしは後者の視点におります。


>どう見ても1泊は必要なのに日帰りのつもりで入山する。
行けるところまで行ってみる、という行動形態を
もしまったく許さないのであれば、
登山という行為は、存在しえないと思いますが。

昔から、みんな、行けるところまで行ってみて・・・・
という繰り返しで、山に登ってきているのですから。


>行動中に日没を迎えるような行程を平気で計画する。
日没後の行動は、いけないことなのでしょうか?
日の出前の行動と、暗くてよく見えない、という
本質的部分については変わらないはずですが。

思考の柔軟性の喪失を感じます。
事前にしっかり計画して、定式化した登山
それが「正しい」と信奉する自由は
尊重したいと思いますし、
そうした、登山が好きな人もいることも許容しますが
それが「正しく」「唯一」である、という考えには異を唱えます。

登山とは、本質的にそのようなものではありません。

「冒険」という言葉によって、登山事故を美化する必要もなく、
単に、自身に引き受けているリスクの大きさを理解しているのか? 
ということだけであろうと思います。

「どのようなリスクを引き受けているか理解していますか?」
と静かに聞いてみればいい。
「わかっています」と答えが返るなら行かせてあげるべきです。

それを「責任」という言葉で阻止したい人がいるのは
わかりますが、その方々が使用する責任の意味がわかりません。

平易にご説明いただければ幸いです。
  1. 2006/11/19(日) 15:07:16 |
  2. URL |
  3. ななし #V/QOQXGg
  4. [ 編集]

きちんとできるなら問題ないでしょうね

> 「冒険」という言葉によって、登山事故を美化する必要もなく、
> 単に、自身に引き受けているリスクの大きさを理解しているのか? 
> ということだけであろうと思います。
>
> 「どのようなリスクを引き受けているか理解していますか?」
> と静かに聞いてみればいい。
> 「わかっています」と答えが返るなら行かせてあげるべきです。

確かにきちんと自分でリスクが引き受けられるならば、そういう考え方も可能でしょう。
また、引き受けたリスクをきちんとクリアして下山できる力量があるならば問題ないでしょうし、そういう方の登山までどうこういう気もありません。

ただし、それはその方の身内なり、関係者がそういう生き方を理解された上で、警察だとか、遭難対策組織だとか、そういったものに一切関与させないと言う前提があるように思います。
たぶん、家族の方が捜索は要らないといったところで、生死の確認をする必要があるのでしょうからもうその時点で警察に関与させないということは日本では無理なのかもしれませんけど。

リスクをとるとした結果、他の人たちの関与が必要になるのであれば、その時点で関与が想定される人たち、所属する日本と言う社会に対して責任が生じるのだろうと考えます。
たとえ、単独行であっても、結果として社会の関与が生じるのなら、社会の構成員(大人)としてその社会に対して、リスクを最大限回避する責任があるのではないか、と私は思います。

啓蒙は難しいですね。
啓蒙はいくらしても、し尽くすことはない。しかも、啓蒙される意志がない相手に対していくら啓蒙しようとしても暖簾に腕押しでしょう。
私には、高山にハイヒールで登る人間を、啓蒙できていないと考えるほうがよほど過保護なように思います。リスクを理解する気のないのであれば、「どのようなリスクを引き受けているか理解していますか?」と聞いたとしても「はい」と答えるのではないですか?
私は計画はリスクを念入りに考えるプロセスだと考えています。計画を立てて、そのとおりに行動することが目的ではありません。計画を立てることで、どのようなリスクがあって、それをどのように対応するのか、ということが事前に考えることができるのではないですか?
ただし、熟練者は計画と言う手順を踏まなくても、熟練していない人の何倍ものリスクを考慮でき、それに対応できることも知っています。だから、熟練者にも同じプロセス(綿密な計画)が必要だとは言いません。ただ、熟練していない人が熟練者のまねをしても、うまくいかないでしょうし、試行錯誤で対応するには失敗の可能性が高いのではないですか?
登山が生命を危険にする行為である限り、生命を担保にした試行錯誤はなるべき避けるべきだ、というのが私の立場です。
もちろん、きちんとリスク考慮ができない、単純に参考タイムを足し算しているだけの計画も無駄だとも思いますけど。
  1. 2006/11/21(火) 00:02:30 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

わたしは単純に、事故を起こして社会の世話になる(救助してもらう)ことを
社会(や地元)に迷惑を掛ける、という思考形態を
いい加減やめたほうがいいのでは? と思っているのです。

準備万全でも事故はありますし
結果、そこで命が失われることには変わりありませんので。

山の中だろうと、街中だろうと
人が死ねば、自分で葬式は出せないのですし
人の手(社会)のご厄介にならないといけないわけです。

人の死を迷惑、とくくることが
わたしには理解できない、ということですね。

ハイヒールの女性に啓蒙をする
リスクを教えてあげる、
それは過保護ではないのです。

出て行くことを止めることが過保護なのです。

みな、自分の人生の主人公であるべきなのですよ。
それを、周囲の人間がとやかく言うのは
ある意味おこがましいし。

やっぱフレンチアルプスはいいな、と思います。
ゲートから外へ出て行くことについて
誰で合っても、何もいいませんからね。

リスクはわかっているかね?
よろしい、では、気をつけて。

キミはキミの人生の主人公であるべき=個の尊重
が、貫徹していますからね。
日本は、その対極で、
善意という名のお節介をする人が多い。

社会に個が埋没してしまっている。
そんなところで、アルパインクライミングが
成立するわけないでしょう。


>熟練者は計画と言う手順を踏まなくても、熟練していない人の何倍ものリスクを考慮でき、それに対応できることも知っています

こういう思考形態の方が多いから、
日本では、ベテランが初歩的なミスを犯すタイプの事故が
多いのだと思います。

ベテランがベテランではないか、ではなく
身の程を知る、ということのほうが重要でしょう。
経験が浅くても、身の程を知っていれば
そこそこで止めて、戻ってくるものです。

むしろ、ベテランのほうが、自信過剰の場合のほうが多い。
大日岳にしろ、白馬の事故にしろ、
自信過剰が深層にあるに違いありませんから。
  1. 2006/11/21(火) 10:50:52 |
  2. URL |
  3. ななし #mQop/nM.
  4. [ 編集]

よくわかりません

> 「どのようなリスクを引き受けているか理解していますか?」
> と静かに聞いてみればいい。
> 「わかっています」と答えが返るなら行かせてあげるべきです。

なんですよね。

だったら

> ベテランがベテランではないか、ではなく
> 身の程を知る、ということのほうが重要でしょう。
> 経験が浅くても、身の程を知っていれば
> そこそこで止めて、戻ってくるものです。

ならば、身の程を知る知らず関わらず、「リスクを理解しています」と言われれば送り出すべきだという話でいいですよね。

それで。結果として遭難しても。

> わたしは単純に、事故を起こして社会の世話になる(救助してもらう)ことを
> 社会(や地元)に迷惑を掛ける、という思考形態を
> いい加減やめたほうがいいのでは? と思ってい> るのです。

別に迷惑をかけるなどと思うな、というのですよね。

で、それは

> 準備万全でも事故はありますし
> 結果、そこで命が失われることには変わりありませんので。

準備万全で出て行って、それでも事故にあうのと同様だと。

それでもって

> 出て行くことを止めることが過保護なのです。
>
> みな、自分の人生の主人公であるべきなのですよ。
> それを、周囲の人間がとやかく言うのは
> ある意味おこがましいし。

どんな状態で山に登ろうが自由だと。


なんか、遭難の勧めみたいな感じがするんですけど?
遭難事件を起こした人が自己弁護のために論理を組み立てるとそういうことになるような気もしますが、やはり、遭難事故を起こさないためには、事前の準備は必要だと思うんですけどねえ?

山小屋でも、常駐隊でも、注意はしますが、出て行く登山者を止めはしませんよ。行ける力量がある人かもしれませんし、その人の人生なんですから。

ただ、それで遭難事故を起こせば、せっかく啓蒙してやったのに、せっかく注意したやったのに、という思いだけが残りますね。

しかも。

> ハイヒールの女性に啓蒙をする
> リスクを教えてあげる、
> それは過保護ではないのです。

しかし、そのリスクをきちんと捉えることができない人は啓蒙しても対応はしてくれませんよ。
それこそ、年配の登山者ほど、注意、事故情報の啓蒙なんてこれっぽっちも聴いてくれない。

地元の人間は時々、悪魔の気持ちが頭を持ち上げてきて、「死なない程度に、事故を起こせ!」と祈っていることも多いです。そのくらい、登山者の自己陶酔というか、自己過信と言うか、我侭というか、そういう態度に腹を立てているというのもあります。

なんとなく、ななしさんのポジションはわかったような気もしますが、たぶん、これ以上意見交換しても、全てを私は同意することはできないし、わかることもないだろうと思います。

> リスクはわかっているかね?
> よろしい、では、気をつけて。

私にはこれと事前に計画を立てて準備することが両立しない理由が一番わかりません。

おせっかい、注意、啓蒙活動、これらの違いも難しいしなあ。ある人にとっては注意だと思って行った行為もある人によってはおせっかいだし、啓蒙活動だと思っていても人によっては要らぬお世話だと無視されるし。

ただ、本当に常識はずれな行為を啓蒙不足といってしまうのは甘やかしのような気がしますけどね。
まず、自己責任なんだから、最低限他人から教わらなくても自分で調べて来い、という気持ちは強いです。

> リスクはわかっているかね?
> よろしい、では、気をつけて。

そのままのように思うんですけどねえ?


最後に蛇足ですが迷惑のお値段。
・山の事故の値段・山岳保険
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Asagao/1031/page005.html
・山岳遭難、そのコストは?
http://www.janjan.jp/area/0403/0403071797/1.php
この金額に見合うくらい迷惑がかかっていると思うんですけど。^_^;

おそまつ
  1. 2006/11/21(火) 14:29:22 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

盛り上がりは結構ですが

すこし、横から割り込みますが
ななしさまへ
個人の自由を尊重するならばおっしゃることでも問題ないでしょう。ただし遭難しても絶対に救助は呼んではなりません。このように書くと次のように反論されるだろうと思いますがいかがでしょうか。
「遭難すれば救助を呼ぶ権利があるし、遭難があれば警察その他は救助する義務がある」と。
最近多いらしいです。権利と義務を主張するばかりで己のことを省みない人が。私は山歩きが今年から始めて十数回ほどのキャリアしかないものですので高山での遭難や必要な技量などは正直分かりませんがアドバイスをもらったりもしくは助けてもらったら感謝の言葉を述べたりするでしょ。
ななしさんのことをことさら悪く言うつもりはないけれど感謝という気持ちが欠落してるんでしょうかね。
「善意のという名のお節介」という文面でも表れているような気がするし。これ以上書いても仕方が無いので書きませんが。一旦ここで論争を止めてみてはいかがですか。
私もこれ以上は書くつもりはありませんし。個人攻撃するつもりはありませんがどうも引っかかることがあったのであえて書かせていただきました。

  1. 2006/11/21(火) 15:46:29 |
  2. URL |
  3. kazuo #JJOmaDxA
  4. [ 編集]

ななしさまへ

丸山氏の「遭難のしかた教えます」、目を通してきました。
ただ、議論自体が不毛な方向に向かいそうな気がしたので、口を挟ませていただきます。

おーのさま、そしてkazuoさまのご意見は、よく分かります。
私自身は、おおむね、お二方と同じような考えです。


「ABS」と言う言葉、例の本にありました。
確かに侮蔑的な意味合いがないとは言いません。
ですが、その言葉から何を伝えたかったか、ということを読み取る必要があると思います。

山には危険があるし、その上でのチャレンジもある。
そんなかで、遭難することだってありうるはず。
もし不幸にも遭難してしまったら、救助・捜索する側から、そんなふうに言われないように気をつけよう。
丸山氏の言いたかったことはそういうことだと理解しました。

死者に限った言い方だとは思いませんし、侮蔑することを目的としているとも思えません。
「そういう言葉を使った」というだけで「人間性を疑う」とまで言ってしまうには、あまりに表面的なことしか見えていないと思いますよ。

死をもって代価を支払ったんだからそれでいいじゃないか、というのにも同意しかねます。
家族や救助・捜索にあたる人。
遭難(死)によって直接、そして否応なく巻き込まれる人がいることは明白です。
二重遭難の危険の中、救助捜索に当たる人のリスクはだれが背負うんですか?
ななしさまの主張は、結果的に自らが死んでいれば、捜索に関して他人にリスクを背負わせても良い、というふうにとれますよ。
それって、「死は免罪符」という考え方であり、「遭難死の美化」にもつながると思います。

>事故を起こして社会の世話になる(救助してもらう)ことを社会(や地元)に迷惑を掛ける、という思考形態をいい加減やめたほうがいいのでは?

おーのさまは「社会」という範囲を考えておられるようです。
私は今のところでは「社会」とまで範囲を広げるつもりはありません。
ですが、せめて直接影響が及ぶところは、考慮に入れておくべきではないかと考えます。

>人の死を迷惑とくくることが…

人間、いずれは死にます。
ですが畳の上で死ぬのと山で死ぬのは全然違うでしょう。
遺体収容に出向く人に迷惑をかけていないと言い切れますか?
もし自分が生きて無事に山を下りれば、そういうことは必要ないわけですから、やはり迷惑をかけていると思うのが当然だと思います。
細かく言えば「他人に迷惑をかける」ではなく、「余計な迷惑をかける」ということです。

山なんて所詮、遊びでしかありません。
遊びの中でやらかしたミスで、他人を(場合によっては生命の)危険にさらすのを余計な迷惑だと考えることのどこがおかしいのでしょうか?

丸山氏は「ABS」という言葉を使って、遭難に対する「啓蒙」をしようとしたのではないでしょうか。
まさに多くの遭難者に「初歩的な啓蒙ができていない、と考え」ているから、だと思います。
ここまでくると丸山氏、ななしさんと同じ立場の人に見えてくるから不思議ですね。

丸山氏が遭難者(亡くなった人も生きている人も)を侮蔑するために書いたのではないということは、前後の文章を読めば分かります。
確かに、口汚い言葉であることはあることは否定しません。
ですが、(意図はともかく)そういう言葉を使った⇒ケシカラン、というのは、私にはなじめない考え方です。
単語自体の意味ではなく、文章の意図をつかむべきだろうと思います。
「ABS」という言葉が、本来の文章の意図とは別に一人歩きしたなら、確かに丸山氏にもその責めの一部があるかもしれませんが。。。

「裁判官気取りの木っ端役人根性」って、侮蔑的な言葉ですよね。
単語というレベルで言えば、私にとっては丸山氏の「バカヤロウ」も、ななしさんの「裁判官気取りの木っ端役人根性」も同程度に思います。
この両発言に「その発言に、まず人間性を疑いますし」というあなたのフレーズを当てはめると、どうなりますか?




ななしさん。
あなたの書き込みには、「ベテランにこそ初歩的ミスがある」など、うなずけることもあります。
ですが、さすがに今回はあんまりだな…と思ったので書きました。
異なる意見がいろいろあることは構いません。
登山の「本質」という言葉をよく使われますね。
私には「本質」など、よく分かりませんし、そんなものがあるのかどうかも分かりません。
ただ、それぞれの中にあるものであるとするなら、10人いれば10種類あるのではないですか?
私自身はそれでいいと思います。
議論の中で分からないことがあれば尋ね、それに答えていくというプロセスを経て、その中に「なるほど、そういう考え方もあるのか」と思えれば、それはそれで収穫ですから。
ただ、あなたからはそういったものが感じられないのです。
せっかくいろいろと考え、いろいろな意見をお持ちなのですから、それをもう少し上手く生かす方法を考えてみてください。
このような状態は、あまりにもったいない気がします。


今後、もし書き込むことがあるなら、お願いがあります。
基本的には何を書いても結構です。
ですが、意見が合わない人にも、(納得はできなくても)せめて理解できるように書いていただけませんか?
「本質」とか「登山文化」といわれても、話が大き(抽象的?)すぎて、とても(少なくとも私には)理解できません。
シンプルかつ具体的に書いていただければ幸いです。



  1. 2006/11/21(火) 21:01:54 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

恐らく皆様とは前提が異なるのであろうと感じます。

簡単に整理致しました。

1)誰にでも事故は起こりえる
  ここは、見解の相違はないかと思います。
  もし、少し違いがあるとすれば、わたしは日本では
  ベテランのほうが事故が多い、と思っていることです。


2)つまり事故があるのは前提ですし、起こそうと思って
  起こす人はいないので、事故を迷惑、とは考えない
  ここで、見解の相違があるかと思います。
  それは主に以下の点についてかと思います。

2-1)事故の際に、危険を冒して出動する方々いる
  皆様のご意見では、そうした方の手が必要になるのだから
  だから、それを迷惑、というのだ、というお考えかと思います。

  一方、わたしは、そうした活動に深く感謝しながら
  職務としてレスキューに当たる方は、出動を迷惑、と
  いう言葉で表現しない、と言っているわけです。


2-2)山で死んでも、畳の上で死んでも同じ
  皆様は、違う、というお考えでいらっしゃるわけです。
  遊びなんだから、と言う方もいらっしゃいますし。

  わたしは、同じである、と考えております。
  遊びだから・・・という言葉をひっくり返して
  では、仕事ならいいのか? と問えば、そんなことない、と
  反論されるのではないかと思います。

  で、あるならば、遊びか、仕事か、といった区分は
  意味がないのではないでしょうか?


  でも、山で事故を起こせば人の手を借りるではないか? と
  いう意見もあるかと思いますが、
  それは首都高速道路で死亡事故を起こしても同じです。
  むしろ、迷惑=多くの人に影響を与える、という視点でみれば
  ラッシュ時の首都高速での事故のほうが
  大きな影響を周囲に与えるのではないでしょうか?


地元に対して・・・という言葉も、果たしてどうなのだろうと思うわけです。
山がなければ潰れる村があります。
登山という行為が、その村の経済に多大な恩恵を与えているのです。

そして、事故があるのは前提なのですから
その数を減らす取り組みは当然なされるとして
事故がいくつかあったからといって
迷惑呼ばわりするのは、いかがなものだろうか? 
ということです。


2-3)行かせあげるべき
  装備が不十分だと思っても、当人が大丈夫、というなら
  行かせてあげればいいではないか、というのが
  わたしの考え、皆様は、周囲が止めるべきだ。

  皆様の考えの行き着く先は、
  登山ライセンス制ですよ。
  それでいいのですか?

  キミの装備と経験では、ここに行ってはいかん、と
  言われることを想像してみてください。
  それって、登山という行為に合致していますでしょうか?


  一つお聞きしたいことがあります。

  山のスキルは、ある程度ある、しかし、スキーはボーゲン程度。
  そうした方が、ゲレンデで滑るのつまらないからと
  山の奥深くに入っていって、山スキーしようとしたら
  どうされます?

  わたしは、悪雪とかで足ひねったりして、
  リスク高い行為じゃないの、と思いますが
  行ってもいいのではないかと思っています。


あと勘違いされている方がいらっしゃるようですが
計画を事前に立てることを否定しているのではないですよ。
それはそれで良いことです。でも、だからといって
がちがちの計画を立てることだけが唯一ではないでしょ、と
行っているだけの話です。
現場行かないとわからんことだってたくさんあるのですから。

  1. 2006/11/23(木) 11:03:00 |
  2. URL |
  3. ななし #mQop/nM.
  4. [ 編集]

議論する気力もわかないです

なんか、読んでいて気力が落ちてきました。

皆さんが言われていることを少しも理解しようとはされていないのですね。

> Q:一つお聞きしたいことがあります。
>   山のスキルは、ある程度ある、しかし、スキーはボーゲン程度。
>   そうした方が、ゲレンデで滑るのつまらないからと
>   山の奥深くに入っていって、山スキーしようとしたら
>   どうされます?

一応、「やめた方がいいじゃないですか?」と止めますね。
雪山で、スキーがボーゲン程度。ゲレンデスキーしかしたことがないレベルで、山スキーをしようなんて考えるあたりで、その方のいう「ある程度ある山のスキル」の底が知れていますから。
たぶん、「俺はベテランだ。」と自分で信じ込まれているだけだと判断しますね。

まあ、それでも行くと言うのならしょうがないですが、「事故ってこい!」と念じながら見送りますね。で、事故ったら、ざまあみろ!です。

案外地元の感覚って、そんな感じですよ。

それから
> 地元に対して・・・という言葉も、果たしてどうなのだろうと思うわけです。
> 山がなければ潰れる村があります。

ネパールじゃない、日本であれば、登山者で困っている村はあっても、潰れるような村はないですよ。
それは、登山者が多く訪れる地域をバカにしてませんか?
白馬村などは登山者と言うよりも、観光客が来ないと困りますが、あまり経済効果が薄い登山者に経済依存しているところはないでしょう。
あったら統計データで見せてください。観光ではなく、登山者で暮らしているというデータで。

もう少し追加しますか。

>   でも、山で事故を起こせば人の手を借りるではないか? と
>   いう意見もあるかと思いますが、
>   それは首都高速道路で死亡事故を起こしても同じです。

ふうん。
でも、交通事故を起こさないために交通安全の義務と言うのがあるでしょ。また、事故を起こさないために自動車の運転は免許制ですよね。
別に、交通事故を起こしても迷惑がかかるから一緒などと言う理屈は通らないんじゃないですか?
むしろ、交通事故と同じように迷惑がかかるなら、交通事故と同じように迷惑をかけない(事故を起こさない)対策をしないといけないでしょうね。
でも、そこまでしちゃうと、免許制になっちゃいませんか?私はそうなってもかまわないと思いますよ。できれば、山岳保険などの条件として登山の安全教習、冬山の場合には冬山登山の技術講習会などを義務化すべきじゃないかな。

> 1)誰にでも事故は起こりえる
>   ここは、見解の相違はないかと思います。
>   もし、少し違いがあるとすれば、わたしは日本では
>   ベテランのほうが事故が多い、と思っていることです。

可能性だけで、「起きる」か「起きない」かで見ればそうなりますね。
でも、リスクのポテンシャルで考えれば、リスクポテンシャルの高い人、低い人などに分類できると思いますね。で、私はなるべく皆にリスクポテンシャルの低い人になってもらいたいですね。
これを起きるかどうかの○×で主張するのは詭弁の域ですよ。
また、日本ではベテランに遭難が多いのではなく、中高年のリスクの高い人たちに多いのだと思いますよ。単純に「年齢の高い人=ベテラン」とは限りませんね。これは警察庁の統計でも出ているんじゃなかったかな。

> 2)つまり事故があるのは前提ですし、起こそうと思って
>   起こす人はいないので、事故を迷惑、とは考えない
>   ここで、見解の相違があるかと思います。

はっきり言います。
リスクポテンシャルの高い人が出かけていって、事故を起こすのは迷惑です。
捜索・救助の手間もかかりますし、保険料の値上げなどで他の登山者にも迷惑がかかるかもしれませんね。また、偶然、その場に居合わせた他山者に救助してもらうハメになるかもしれませんよ。

> 2-1)事故の際に、危険を冒して出動する方々いる
>   皆様のご意見では、そうした方の手が必要になるのだから
>   だから、それを迷惑、というのだ、というお考えかと思います。
>
>   一方、わたしは、そうした活動に深く感謝しながら
>   職務としてレスキューに当たる方は、出動を迷惑、と
>   いう言葉で表現しない、と言っているわけです。

また、詭弁だ。
仕事だから別に迷惑ではないですか?

まず、地元の遭対協に所属して、実際に捜索に従事される方たちは、捜索のプロというわけではなく、別に職業を持った方たちですよ。
そういう人たちが、仕事を休んで、ボランティアという名前で遭難救助に従事しているんです。しかも、実際に二次遭難で亡くなられた方たちもいます。
迷惑そのものではないですか?
また、県警の山岳パトロールや救難ヘリも、その根本は住民の税金ですからね。しかも、警察の報告にもあるように最近は安易な出動要請が多いですし、原因も初歩的なミスが多いと言う統計が出ているようですよ。そういう原因では出動しない。飛ばないのが一番でしょうね。

ななしさんの主張をそのまま受け取ると、仕事にしているんだから手を煩わしても構わないと、自分のエゴ丸出しのように受け取れますよ。


なんか、遭難事故を起こす人の言い訳のように感じるんですけどねえ?


  1. 2006/11/24(金) 10:08:30 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

ボーゲンで冬山に突っ込んだ方ですが、
昔、若かりし頃の丸山晴弘氏ですが・・・・大笑。
足折って、救助されたら、丸山さんは
自分自信に向かってABSと言うのだろうか。。。笑。

しかし、おーのさんは、登山ライセンス制に賛成なんですね。
それなら話は合わなくて当然ですねぇ。

登山がライセンス制度になったら、登山の死だと思いますけど。

困ったなぁ、と思いますね。
山を大好きな人が、みずから率先して山の世界を
殺そうとしていて、その自覚がないのですから。


あと、事故を起こしても構わない、とは
一度も主張していませんので、誤解なきよう。
啓蒙も大事ですしね、と言っていますでしょ、以前。

単に、迷惑、という見方を止めましょうよ、と言っているまで。


中高年の方の事故が多いのは事実ですね。
でも、転落、となっているものでも
実際は、別要因(病気とか)が絡んで、足踏み外して・・・・
というのも多いそうですね。
現場で係わっている方のお話。

この辺は、まあ折り込み済の事故じゃないかなぁ、と
思うわけですね。足滑らせればアウトってのは
山じゃ、よくあるわけで、そこを運動能力落ちている人が
歩けば、当然、リスク高くなるでしょう。

でも、行きたいのだし、
落ちればアウト、って分かっていっているなら
それはそれで、許容してあげないと。


あなたはノーミスの神様じゃないでしょう?


山が無くなれば村が潰れる・・・・という話は
以前、『POWDER』というスキー雑誌にでていました。
既存のスキー誌とは一線を画した骨太な雑誌でしたが
休刊になってしましたが。

連関分析といった経済調査の手法を使って
白馬村のスキー依存度を調べていました。
そこでは依存度7割だそうですよ。
スキーと山がなくなれば、村は潰れますね。


レスキューのプロは、事故を迷惑とはいわない、というのは
世界の常識なんですよ。
迷惑ということを言うのは、日本の民間救助隊関係者だけ。

救命というのは、たとえ犯罪者であっても
その理由のいかんを問わず、全力で救助する、
そういうものなんですから。


遭対協も、その初期には、本当に善意で
仕事をなげうって救助に出られた方々がいるのは
よーく知っています。

でも、いまや日当もそれなりに規定され
一つの利権になっているのですよ。現場はね。

ある年のこと、東北で遭難騒ぎあった
県警の山岳隊がないので、遭対協が動くことになったが
そこに来たのは、60を過ぎた人ばかりで
ノンビリしていてなかなか出ようとしない。

知り合いは、山で助けを待っている人がいるのだから
出ましょう、といきり立っている。
別に出れない天候じゃないのにね。

似たような話は、あちこちで聞きますよ。
もちろん、素晴らしい方々もいることもよく知っています。


繰り返しになりますが、
事故を起こしていいですよ、ばんばん起こしましょう、とは
一度も言っていませんので。

啓蒙(リスク認知)の機会を増やし
行きたい人に行かせてあげたら? と
そして、事故があっても、迷惑というのではなく
引き受けたリスクを引いただけ、という
考えでいたほうが、明るい未来がありますよ、と。

フランスにしろ、イタリアにしろ、スイスにしろ
カナダにしろ・・・、登りたい人に向かって
周囲の人が、四の五の言わないないですよ。

おーのさんだって、第三者に
あなたは、この山に登ってはだめです、なんて
言われたくないのでは?

おまえに、オレがこれまでやってきたこと全部わかるのか? 
と言いたくなるのではないでしょうか?

第三者が、登ってはいかん、というような
ライセンス制度につながる考えが、もしあったのなら
ウインパーの初登頂はなかったのではないでしょうか?

悪魔が住む場所へいきたい!!!
それって、第三者からみれば
この上なく、迷惑な話だと思いますけど。

これは単に社会システムの対価が発生する、といった
レベルの話ではなく、もっと文化的障壁を越える話ですから
より深いところで、大きな迷惑であったはずなんですけど。


山の世界を矮小化するのはやめましょうよ。
そう思います。

>管理人さん
大変お騒がせいたしました。
これにて失礼いたします。
  1. 2006/11/24(金) 16:30:31 |
  2. URL |
  3. ななし #mQop/nM.
  4. [ 編集]

ななしさまへ

はっきり言って、猛烈な徒労感に襲われています。

毎度毎度の長文のご高説、結構なことです。
が、私には理解できない部分が結構ありました。
いくつか問いかけは発したつもりですが、まともなお答えはいただけませんでした。
回答を示していただけぬまま、さらに重ねるような長文のご高説。
そして「これにて失礼いたします」・・・。

質問・指摘に対して返答・反論するという、議論や対話といったものの基本的動作がご理解いただけていないように思いました。

自分の考えを理解してもらうためには、必要な基本動作です。
また、相手の考えを理解するためにも必要な基本動作です。
その部分が、すっぽりと抜け落ちているように思います。
その結果として、かみ合わぬ議論モドキが延々と続くわけです。

くどいようですが、もう一度。

議論や対話といったものの基本的動作がご理解いただけていないように思いました。

「言いたいことはいいました。質問には答えません。ハイ、さようなら」という姿勢では、あまりに寂しいものです。

異論や批判、書き込みされることは構いません。
基本的に何を書いても構わない、というのには変わりありません。
ですが、質問に対する応答がない以上、あなたの書き込みに対する反応は、控えようかと思います。
議論や対話の意思が、あまりに希薄だと思ったからです。



  1. 2006/11/24(金) 19:55:10 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

よくわからん

> ボーゲンで冬山に突っ込んだ方ですが、
> 昔、若かりし頃の丸山晴弘氏ですが・・・・大笑。
> 足折って、救助されたら、丸山さんは
> 自分自信に向かってABSと言うのだろうか。。。笑。

別に私は丸山氏とつるんでいるわけじゃないですが。
若気の至りだ、と書かれているのではないですか?
まあ、若いから生きて帰られてるんで50歳、60歳と年を重ねるに従い生存確率は低くなりますね。若いから無茶で済んでいるんで、加齢とともに無茶じゃ終わらなくなるでしょうね。
たぶん、若くても、足の一本も折って帰れば、ABSと言うんじゃないですか?

で、なんで登山の話だったのに、白馬村はスキー依存率が高いという反証がでるのかな?
ゲレンデスキーは登山じゃないですよね。スキーで食っているんだから登山者の迷惑も許容すべきといいたんんじゃないですよね?

別に無理やりライセンスを持ち込みたいわけじゃないですけど。山の事故は交通事故と一緒だというので、しかし交通事故はその防止のためにいろいろなことをやっていると、そのひとつに免許制があるが、事故を減らすためというのなら免許導入もやむなしか、と許容しただけですよ。
あるレベル以上の岩登りや冬山登山などの危険な行為や自然の特別保護地域の立ち入りなどは免許制にしてもいいだろうと思いますね。どうせ、ロープワークやアイゼン、ピッケルの使い方などはきちんと技術習得しなきゃならないんだし。

残念ながら私たちは登山のパイオニアたちの時代に生きているわけではないです。すでに、整備された道が切られており、登山道の危険箇所はマーキングなどで安全な登山ができるように管理された中で、登山と言うスポーツ(?)をしているわけです。
やはり、先人、先達がいろいろと教訓や資料を残しているのに、それを参考にすることをよしとせず、パイオニアごっこをするのは問題なんじゃないですか?
もうパイオニアたちの時代じゃないです。私たちはもっとリスクを少なくして登山ができるのに、そういう登山を推奨しても、否定をすることは私にはできないですね。
安全な登山をするために、よく調べて、よく周りの意見を聞いて、自分に足りないスキルを補って、登山者一人ひとりが無茶だとか、無謀だとか、言われることがないように注意すれば遭難事故の件数ももっと減るんじゃないですかね?
今年の事故件数は死者、発生件数とも昨年をすでに追い抜いています。ひとりでも、1件でも減らす努力をしたいです。それが、自主的な登山や単独行を守り、ライセンス制導入まで行かさない方策だと私は思います。


計画はだめと言っておいて、計画の必要性は認めると言ってみたり、御主張がよくわからないです。


  1. 2006/11/26(日) 02:00:51 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

「遭難のしかた教えます」を読んでいます

本日、タイトルの本が届き、さきほど、書店に取りに行き、今読んでいます。

ううむ。まことにまっとうな主張のように思いますね。

かなり辛口というか、口は悪いですが、別に相手をなじるのではなく、「こういうバカなことをして遭難しないで下さいよ」という気持ちが伝わってきます。

なるほど、交通事故と山岳遭難のつながりって、ここにネタがあったんですね。

ABSね。たぶん、常駐隊の隊員も、山小屋の従業員もみんな思っていますね。

そうじゃないと思うのでしたら、1シーズン山小屋で働いてみてください。どれほど、相手のことを思えばこそ、腹の立つことが多いのかを体験できると思いますよ。

  1. 2006/11/26(日) 20:08:30 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

おーのさまへ

丸山氏のABSの件。

私は、表現はきついけど当たり前のことを言っているだけだと思いましたよ。。。。
内容に関しては、オーソドックスなものだと思います。


例の方と議論をすること、おやめになってはいかがですか?
「やめて下さい」とまではいいませんが、無駄に疲れるだけだと思いますよ。
まったくかみ合っていないように思いましたので、おせっかいかもしれませんが。。。
  1. 2006/11/27(月) 12:38:08 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

管理人様へ

そうですね。

ただ、あの本のどこがそんなに気に入らなかったのか、知りたいとは思いません?

とはいえ、論理的な説明は帰ってこない気もしますけど。
  1. 2006/11/27(月) 14:20:56 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

Re:管理人様へ

おーのさまへ。

>ただ、あの本のどこがそんなに気に入らなかったのか、知りたいとは思いません?
>とはいえ、論理的な説明は帰ってこない気もしますけど。

そこなんですねぇ。。。
私にも多少それがあるんですが、答えが返ってこない(というよりも、まともに返す気がない?)のなら、疲れるだけかと。。。

意見や考えが自分と違っていてもいいんですが、対話の意思が感じられないので。。。
あの方の言わんとすることはよく分かりませんでした。
対話の意思がなければ、当然の帰結ですけどね。。。
と、いうわけで、こちらは反応を控える、ということにしました。

この本に会う機会を持てただけで、よしとしようと思います。


  1. 2006/11/27(月) 14:53:37 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

死は死なのです

たまに拝見しております。山田と申します。はじめまして。山とかかわってかれこれ50年ほど。昔は無茶をやった年寄りの戯言と思って聞いていただければうれしいと思います。やや長くなるかもしれませぬがご容赦願えれば。

若気の至り、とはいいますが、自身の限界がどこにあるのか、この年になってもなかなかわからないものだと感じます。チャレンジする機会を認めること、おそらくそれは登山という世界だけの話ではなく、その世界が活性化し、前に進む上での重要事項でしょう。

ななしさんの書き込みは、そうしたチャレンジを認めてあげなさいよ、と言っているように小生には感じました。遺族に会った話、遭対協での具体的な話など、現場をよく知っている方なのでしょう。それゆえ、事故を起こしてはいい、というスタンスにないことはわかります。

遺族に会ったことがありますか。小生のように、短くない期間、山にかかわっていますと、いくつか脳裏にこびりついて離れない遺族の姿があったりします。そこに、関係者として接することが、いかにエネルギーが要る作業であるのか、小生はいやというほど知っております。それゆえ、ななしさんの書き込みは、おーのさんの言うような、遭難の薦めなどでは決してない、と小生にはわかるのです。遺族の慟哭をまじかに見てきた人間が、遭難の薦めなどするわけがない、と。そして、それだからこそ当人に悪意がなかったとしても、亡くなった人に対して「馬鹿」というような言葉をつける丸山さんを、論理ではなく、感情として絶対に許せない、ということも、心情的に小生には痛いほど理解できます。繰り返しますが、これは論理ではなく、感情に深く根ざした倫理なのです。人の死に対して、馬鹿、という言葉が適しているのか、ということは。つまらない事故とか、まともな事故、などいうものは「ない」のですよ。死は死なのです。


さて、少し話題が変わりますが、小生の友人は、長靴で雪渓を登っています。きっと管理人さんや、おーのさんが、それを見たら、昨今のブームにのった、わけわかっていない中高年の登山者だ、と見るかも知れません。確かに、そういわれてもいたし方ない面もあるかもしれせぬ。しかし、彼はもう30年以上、そうして歩いています。

さて、これをどう考えたらいいのでしょうか。ベテランだから許されるのか。それとも不適当な行動なのか。経験を積んだベテランだから・・・という意見があるかもしれませんが、友人が歩き始めた初期、すなわち30年前は、ビギナーであったその頃から長靴で歩いています。ハイヒールで登山道を歩く人と、同じじゃないか、という指摘はあながち間違いとはいえないでしょう。これを許容できるのか、否か、で見える世界は違ってしまうでしょうね。


白馬の話がでていましたが、スキーじゃなく山だろ、という、おーのさんの指摘ですが、小生にはぴんとがずれているように思います。白馬村に外の大きな外部資本として東急電鉄を招きいれたのは、もっと登山者を山に上げたい、という村の意向によるものでした。それによって、ゴンドラが架けられ、登山者もスキー客も増えた。両者を分けて論じることは、そうした歴史を少し知っていれば無意味ですよ。


最後に管理人さんへ。抑制の効いた事故の記事が並んでおり、そこそこの方と思って拝見しておりましたが、このスレッドの流れからは少しばかり期待外れに感じ、とても残念です。事故を防ぐために・・・という志をもたれるのはいいことかと思いますが、事故は絶対にいかん、絶対に防ぐ・・・といった思考に入ると、視野は狭くなり、寛容さがなくなるものです。小生の周りでも、悲惨な事故がまじかで起こり、その衝撃からそうした、絶対に・・・という思考になってしまう人が、これまでもたくさんいました。しかしながら、それが良いこと、善意であっても、他者は尊重されなくてはなりません。おそらく、ななしさんはその辺のことが言いたかったのでしょう。小生にはそんな風に感じました。事故に触れるということは人の死を扱います。そこは感情が爆発する世界です。ななしさん程度の書き込みで拒絶反応している場合ではないと老婆心ながら感じたまでです。初めての書き込みながら長文、お許し頂ければ。

山田拝
  1. 2006/11/27(月) 16:47:43 |
  2. URL |
  3. 山田 #p6BDrvZA
  4. [ 編集]

Re:死は死なのです

山田さま。はじめまして。

もし、ななしさまのおっしゃりたいことが、山田さまの書き込まれた内容と同じであれば、ずいぶんと理解しやすい、ということは間違いなく言えると思います。

以下、書き込んでで頂いた内容について。

>チャレンジする機会を認めること、(以下略)

これは否定いたしません。
ただ、何でもチャレンジOKとは違うんじゃないかなぁ、ということです。
ななしさまのおっしゃる「啓蒙」と、どの程度関係するのか、そのあたりがもう少し分かればよかったんですがね。。。

>遺族に会ったことがありますか
>関係者として接することが、いかにエネルギーが要る作業であるのか(以下略)

私の乏しい経験の中でも、何件かありました。
ですので、ある程度は理解しているつもりです。
ななしさまが遭難のススメをしているとは思っていません。
ななしさまの経験の中に、きっと重くて消えない思いがあるのだろうということは、うすうす思っていました。

>亡くなった人に対して「馬鹿」というような言葉をつける丸山さんを、論理ではなく、感情として絶対に許せない(以下略)

なるほど、このように書いていただければ、理解できます。
ただ、そこで「裁判官気取りの木っ端役人根性」などという表現で対抗するのはどうかと。
感情に対して感情で返せば、どこまで言っても泥沼にしかなりません。

>つまらない事故とか、まともな事故、などいうものは「ない」のですよ。

コレはおっしゃるとおりかもしれません。

>小生の友人は、長靴で雪渓を登っています(以下略)

長靴で行方不明になった方の事例をこのブログでも扱ったことがあります。
そこのコメント欄でのやりとりにもありますが、「長靴」というだけで「ケシカラン」という判断、私にはできかねます。
そのときの記事とコメント欄を参照してください。
http://yamayakenta.blog51.fc2.com/blog-entry-181.html#comment

>白馬の話がでていましたが、スキーじゃなく山だろ、という、おーのさんの指摘ですが(以下略)

過去の歴史は知りませんでした。
ただあのお二方の話の流れからすると、「捜索・救助も利権」「地元の登山への依存度は?」といった内容だと思います。
かつては登山者を呼び込むために、だったのかもしれません。
過去の歴史はそれとして重要な意味を持つものです。
ですが、現状がどうなのかをはっきりと認識することも同じぐらい重要かと思います。
歴史からすれば分けることに意味はないかもしれませんが、議論の流れからすれば分けるべきかと思います。
スキー(スキー場)への地元の依存度は、今回は関係ない部分だと思います。

>事故は絶対にいかん、絶対に防ぐ・・・といった思考に入ると、視野は狭くなり、寛容さがなくなるものです。(以下略)

なるほど、そうかも知れません。
ただ、「絶対に防ぐ」とまでは考えていませんので、誤解なきよう。
そもそも「絶対に防げる」わけはありません。
さらに言えば「事故は絶対にいかん」とは、自らには言い聞かせております。
というよりも、「事故をしないように、できることをすべてやっておこう」といえばより正確なところです。
どちらも「絶対」がないからこそ、どうするの?ということだと思います。

>他者は尊重されなくてはなりません

それはそのとおりでしょう。
他人の行動に積極的に介入せよ、とまでは言っておりません。
ただ「それはまずいんじゃないかなぁ」「やめときなさい」と言うことは、別にかまわないと思います。
目の前に、見るからにヤバい人がいる。
「黙ってチャレンジさせよう」と、私には思えないのです。
「やめといたほうがいいんじゃないですか」と、おそらく声をかけることになるはずです。
そのことから、ひとつでも遭難や事故が減れば、それでいいと思います。
それでも振り切っていく人については、好きにしてください、どうなっても知りませんよと。。。
その上で事故、なんてことになったら。。。。。。
それをも許容せよといわれても、、、、ここからは「感情の世界」ですね。

私なりに見てきた世界(救助や遺族も含めてですが)から、少しでも事故が減れば・・・という思いは変わりません。
もちろん、自分が事故をしないために、というのが私には一番大きい話ですが。

>事故に触れるということは人の死を扱います。そこは感情が爆発する世界です。
>ななしさん程度の書き込みで拒絶反応している場合ではないと老婆心ながら感じたまでです。

挑発的な言葉、問いかけに返ってこない答え・・・。
それを受けて、確かに感情的になっていた部分がありました。
ココの部分は、全くおっしゃるとおりかもしれません。
ご指摘いただかなければ、気づかぬままだったと思います。
以後、気をつけなければなりませんね。
ありがうございました。



私自身、山田さまほど深く長い経験があるわけではありません。
いまだ勉強中の身であることは承知しております。
お気づきになった点などありましたら、遠慮なくおっしゃってください。






  1. 2006/11/27(月) 20:18:14 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

死は免罪符ではない

死は死だとはね。そんな尊厳のある死ばかりではあるまいに。愚かな死はあるでしょうよ。
しかしまた、遺族に面と向かって愚かな死だと言う馬鹿も居るまい。
一見愚かな死でも、その過程で遭難を誘引する条件が重なった結果の場合もある。
したがって検証無しの批判はするべきではないのは
承知している。
しかし死してなお鞭打たれるべき死も有るのではないだろうか。そもそもその死の原因が問題なのだからね。

ところで山田様は登山を含め観光で食べてるのだから、死の危険が伴う救助も粛々とこなせば良いと仰られるのですか?
我々都会人が金を落としてやってるんだから文句を言わずに拾えと?
身勝手な死に付き合わされる側の立場になっては考えられない、考える必要すら無いということですね。いやあ都会の方は残酷ですね。
  1. 2006/11/27(月) 23:50:07 |
  2. URL |
  3. 素人A #-
  4. [ 編集]

ひとことだけ

話がややこしくなりそうなので一点だけ返事をしておきます。

>亡くなった人に対して「馬鹿」というような言葉をつける丸山さんを、論理ではなく、感情として絶対に許せない(以下略)

地元で遭難に関わる人間は皆、「馬鹿やろう」と言いながら悲しんでいます。泣いているんですよ。

多くの遺族を見ながら、変わり果てた遺体を見ながら、山なんてちんけなところで死んでしまった遺体と残された遺族を見ながらやりどころのない怒りを覚えます。

それが「馬鹿」の真意だと感じています。

都会からお出かけの方は山にいろいろな幻想をお持ちかもしれない。しかし、そこは所詮、山なんです。ただの山なんですよ。

そんなちんけなところで、ケチな理由で怪我をしたり、最悪死んでしまったら、やりどころがないじゃないですか?

私には原因がどうであれ、山で遭難した人間を美化したり、遭難死を畏敬の念で見ることなどできません。
皆、大馬鹿者です。

  1. 2006/11/28(火) 00:05:53 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

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