山道を行く

カラダとアタマと心。 すべて働かせるのが山の魅力でしょうかね。

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【遭難カルテ122】 六甲で転落の女性死亡

【概要】
26日午前11時10分ごろ、神戸市灘区六甲山町の六甲山・西山谷ルートの大滝で、西宮市の主婦(64)が岩場から転落したと同行の仲間から119番通報があった。女性は約20メートルある大滝の岩場を登る際、足を滑らせて登山道から約15メートル下の滝(岩場という報道も)に転落。神戸市消防局のヘリコプターが女性を病院に運んだが、頭の骨を折るなどしており、間もなく死亡した。女性は「武庫勤労者山岳会」に所属し、同日午前9時40分ごろに同会の7人と一緒に入山、神戸市東灘区から西山谷沿いに六甲山上に向かう途中だった。女性は、今回のルートは何度も経験していたという。ザイルは使っていなかった。女性は子育てで中断していた登山を約5年前に再開。今回は西山谷ルートに熟練したメンバーも参加していたという。兵庫県山岳連盟の古賀英年理事長によると、西山谷は大月地獄谷と並ぶ表六甲の難所。「険しい岩場ややぶの中を通る。熟練者でも注意が必要」と指摘する。
(朝日新聞、毎日新聞、神戸新聞より引用、抜粋。各紙とも実名報道)


【考察】
六甲山屈指の難ルートといわれる場所で起きた事故です。
が、神戸の市街地に近い存在ということもあってか、実際にこのルートに入る人は少なくないようです。
ノーヘル・ノーザイルに登山靴でも、うまくまき道を使えば越えられるようです。
毎日新聞では「ハイキング」、朝日新聞では「沢登り」と報じられました。
あながち、どちらも間違いとは言い切れません。
「沢歩き」というのが一番近い表現でしょうか。
「沢登り」をたしなむ人からすれば、「沢じゃないだろう」と言われるかもしれない。
だからと言って、整備された道を歩くだけのものとも違う、そんなルートです。


今回取り上げたいのは、ヘルメット。
このルートは、かつて落石や滑落で死者も出ているルートです。
となると、念のため、ヘルメットを持っていく…というぐらいはあってもいいのかな、と思います。
ザイルやハーネスはなくても、ヘルメットは…と思うことは結構あります。
特に落石の多いルートに入るときには、持っていくようにしています。
亡くなった女性がヘルメットをしていたかどうかは不明です。
また、15メートル落ちれば、ヘルメットを装着していても助かったかどうかは分かりません。
ですが、あるいは命を落とすところまで至らない、別の展開もあろうかと思います。


装備の選択は、個々の判断になりますから「なきゃダメだ」というつもりはありません。
また、どこの時点でかぶって、どこの時点で脱ぐかも、現場でのそれぞれの判断になるでしょう。

個人的な話になりますが、ヘルメット、結構好きなほうです。
かぶったとたん、テンションが少し上がるような、緊張感のようなものが出てくるからです。
まあ、これは人によるのでしょうが。



さて、以下は事故の中身や原因と、直接関係ある話ではありません。

武庫勤労者山岳会のHP、のぞいてみました。
会の紹介のページより
「会員は約100名で、男性50%、女性50%、平均年齢55才の世間並みの中高年登山会です」
「うたい文句は、『総合山岳会』を目指しているアットホームな山岳会です」
そして、入会案内のページより
「年齢性別は問いません。山行意欲があればどなたでも大歓迎です」
スケジュールなどをみると、ハイキングを中心になかなか活発に活動しています。
「年齢不問」にもかかわらず「中高年登山会」、そして「アットホーム」。
いまどきの山岳会の、ひとつの典型かもしれません。

また、この女性。
60歳直前で登山を再開。
それまでを子育て期間のブランクと言うなら、20年ほどか、それ以上でしょう。
このあたりも、昨今の中高年女性登山者のプロフィールを象徴するものではないでしょうか。

事故の中身や事の良し悪しは別にして、この会の現状と女性のプロフィール。
いまの登山を取り巻く環境の、ひとつの面を見たように思いました。


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テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ

  1. 2006/11/30(木) 15:43:25|
  2. 遭難カルテ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:20
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コメント

会員多いですね

会員が100人もいれば、めったに一緒に山行をしない人とも一緒に歩くこともあるでしょうし、「連れて行ってもらう」気分で参加する人も少なくないだろうと思います。(今回の事故とはあまり関係ないと思いますが)
比較的道が明瞭な場所で、天候が安定しているときのハイキングならまだいいですが、多少危険があるとリーダーは大変なように思います。
いやあ、私は怖くて、引率も参加もできませんね。

それこそ↓の気分です。
http://hochi.yomiuri.co.jp/column/nakajima/news/20061014-OHT1T00137.htm

こんな↓引率者もいるでしょうし。
http://hochi.yomiuri.co.jp/column/nakajima/news/20061006-OHT1T00192.htm

  1. 2006/12/01(金) 09:41:35 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

Re:会員多いですね

おーのさまへ。
こんばんわ。

この記事2本、以前扱った記事ですね。
http://yamayakenta.blog51.fc2.com/blog-entry-270.html

今回はよく批判される「中高年団体」と言うのとは違うケースかも知れません。

ただ仰るとおり、会員数が増えるにしたがって、「連れて行ってもらう」気分の人は、数も割合も増えるような気はします。
(あくまで一般論ですが・・・)

「連れて行ってもらう」こと自体は、否定するつもりはありません。
初心者ならそんなもんだろうとも思いますし、レベルアップのために自分よりデキる人に・・・というのも理解できます。
問題なのは、いつまでも「連れて行ってもらう」にとどまり続ける人達ではないかと思います。
  1. 2006/12/01(金) 22:18:29 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

六甲とて安全ではないところかも

六甲山系って結構開かれた山域ではありますがよく事故の起こるところですね。神戸の背山程度でも最近では2週間ほど行方不明になっていた人もいたようです。これから歩くことも多くなるところだけに気をつけないとと思いました。低山でも危ないの典型のように思いました。
  1. 2006/12/04(月) 20:09:56 |
  2. URL |
  3. kazuo #-
  4. [ 編集]

Re:六甲とて安全ではないところかも

kazuoさまへ。

人の多さも事故の多さのひとつの理由かもしれません。

例の2週間不明で発見された男性、登山かどうか迷ったのと、あまりに不明な点が多かったので掲載を見送ったものです。

低い山だから事故はない、なんてことはないんですね。
  1. 2006/12/04(月) 21:00:28 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

なあんか団体と亡くなられた女性に対して皮肉ってますな~
もっとおおらかに見てあげられませんか?
そこまで一団体が面倒みれますか?
女性も好きな山で死ねて本望なんじゃないですか?なんてゆうのは私個人の見解ですが・・・
六甲山て身近なようでいて、「山」なんですよね。
甘くみてしまいがちだけど、危険は伴うわけです。
したがって今回の事故は、山としてはよくある事件なんじゃないですか~?
  1. 2006/12/14(木) 00:09:11 |
  2. URL |
  3. ikuko #-
  4. [ 編集]

死んで本望なんてありますかね?

タイトルの通りです。
死んで本望なんて思うとは私は思いませんけど。
いや、個人的な見解です。

もうひとつ、個人的にはどの部分が「皮肉」と感じられるのか、聞いてみたいです。
個人の感情はいろいろとあって、ある人は侮辱だと言い、ある人は注意だと言う。難しいのでぜひ参考のために。
  1. 2006/12/14(木) 09:52:18 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

お二方へ

ikukoさまへ。はじめまして。
おーのさまへ。お久しぶりです。

まとめレスとなりますが、ご容赦ください。

この件では、皮肉を書いたつもりは全然ないのですが。。。
登山者の高年齢化が進む中、この女性や会の現状が、ある意味で象徴的だと思っただけのことです。
「もっとおおらかに」というのが、どの部分をさしているのか、ちょっと分かりませんが・・・。

一団体がどこまで面倒を見れるか。
今回は特に触れていません。
ですが、山岳会の会員に対する安全対策や救助体制などは求められる要件のひとつではないかと思います。
当然、どのレベルまでについては議論があろうかと思います。



死んで本望かどうか。

この人がどうだったのかは、知る由もありません。
ご本人以外には、分かりえない世界の話だと思います。

私も山が好きですが、とても本望とは思えません。
少なくとも、私の周りの人もそうです。

現実には「山としてはよくある事件」なのかもしれません。
が、少しでも(自分だけでも?)そうならないように・・・と思うんですがねぇ。。。

遊びに行って命を落とすことが「よくある」と言われてしまうと、なんだか悲しいですね。
  1. 2006/12/14(木) 12:00:14 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

仕事に没頭していてコメントみていませんでした・・・
(__)
なんか大雑把な言い方になりますが、生きている事自体、いつも死と隣り合わせだと思っています。
「遊びに行って・・・」と書かれていますが、「遊び」
になるのでしょうか?
私は登山て人生そのものだとおもいます。
「登山」なんてすごい事はしていません。私はいつも
「山歩き」程度です。でも「ここで足滑らせたら命はないな~」と思うコースがたまにあります。もしそうなればしかたないな~と思いながら、「小さい我が子を残しては死ねない」と思いながら必死で歩きます。
卓越してるかも知れませんが、私は結構やりたい放題やってきたので、いつお迎え(おばあちゃんが言ってた)がきてもいいのですが、まだ子供が小学生なので、この子がひとり立ちするまでは死ねません。
でもその心配がなければ、すきなことやって死ぬんだったらOKっておもってます。
皮肉って書いたのは
「いまどきの山岳会の、ひとつの典型かもしれません。」ていうのと
「昨今の中高年女性登山者のプロフィールを象徴するものではないでしょうか」
というくだりです。
私は団体に所属してなくて、会社仲間で山歩きをしていますが、ひとりでは行けないとおもいます。
こういう団体がなければ、行きたくても行けない方がたくさんおられるのではないでしょうか?
そして次の中高年女性登山者の・・・ですが、象徴ってなんですか?
「こういう人がいるから死亡事故がおこるんだ。安易に山に入ってマイナスイメージつけるなよっ!」
ってふうに読み取ってしまいます。
違いますか?
  1. 2006/12/18(月) 23:47:27 |
  2. URL |
  3. ikuko #-
  4. [ 編集]

「山と渓谷」の最新号を一読下さい

ikukoさま
「団体」「中高年の女性」というのは最近の登山事情ではキーワードになっています。それは、そのような方たちが非常に多くなっているからです。
ですから、皮肉というわけではないと思います。
最新号の「山と渓谷」を一度、お読み下さい。客観的に見て、どのような状況かわかるように思います。
どうすれば、そういう多い対象者を安全に、楽しく、登山、ハイキングに行ってもらうことができるのか、を対象をきちんと捉えた上で考える時期にとうに入ったのだと思っています。

ただひとこと付け加えると、どのようなイメージで山登りをされているかわかりませんが、それを商売でやっているのでなければ、特に人生までかけてやるほどの行為ではないだろうと思いますよ。
切羽詰まらずに、リラックスされて登られたらいかがでしょうか?
  1. 2006/12/19(火) 08:46:43 |
  2. URL |
  3. おーの #rmbFb8ac
  4. [ 編集]

お二方へ

ikukoさま&おーのさまへ。

まとめレスですがご容赦ください。

自分の言いたいことは、だいたいおーのさまと同じです。
が、誤解のないよう、もう少し詳しく答えてみます。


>「遊び」になるのでしょうか?

「趣味」の範囲に入っているのなら、それは「遊び」です。
おーのさまの仰るように「商売でやっている」のであれば、それは「遊び」ではなくて、「仕事」です。
山岳会の山行に参加しているのであれば、ほぼ間違いなく「趣味」「遊び」と言い切って差し支えないのではありませんか。


>私は登山て人生そのものだとおもいます。
>「登山」なんてすごい事はしていません。
>私はいつも「山歩き」程度です。

「登山」と「山歩き」の違いとは何でしょうか?
これ、結局は同じものを指すことになるのではないかと思います。
レベルの違いは無限に存在しますが、どれがすごくてどれがすごくない、などという線引きはできないと思います。
それぞれのレベルに応じて楽しめれば良いわけであって、そこに線を引くこと自体が無意味に思います。
ikukoさまがおっしゃるところの「山歩き」にだって、ご自分で書かれたとおり
>「ここで足滑らせたら命はないな~」と思うコース
が存在します。
危険が内在する、という意味では、「登山」と「山歩き」を分ける意味はないと考えます。
ですから「登山がすごい」なんてことにはならないのです。

「人生そのもの」について。
「遊びである」ということからすれば、そこまで大きなものではありません。
仕事や家庭の事情の方がはるかに優先されます。
あくまでも余暇のレジャーに過ぎないのですから。
以前、別の項のコメントにも書きましたが、テニスやスキーやゴルフと同程度のものです。
(私自身、スキーはしますが、テニスやゴルフはやりません)
まあ、趣味も人生の一部であることは間違いないのですが…。
「人生そのもの」なんて言い切れる人は、ほとんどいないと思います。


>まだ子供が小学生なので、この子がひとり立ちするまでは死ねません。
>でもその心配がなければ、すきなことやって死ぬんだったらOKっておもってます。

捜索に借り出される人や残された人のことも、お考え下さい。

何よりも(ひとり立ちしていたとしても)お子さんが悲しむことにはなると思いますよ。
私の父は70の坂を越えた現在でも山に行っています。
山で死んだりしたら…「本望だろう」などとはとても思えません。
やはり、真っ先に「悲しい」が来ると思います。
本人はともかく、周囲には悲しみが残るのではないか、ということです。


>皮肉って書いたのは「いまどきの山岳会の、ひとつの典型かもしれません。」ていうのと
>「昨今の中高年女性登山者のプロフィールを象徴するものではないでしょうか」というくだりです。
>象徴ってなんですか?

まず山岳会の、についてです。
登山者の高齢化、これはあちこちで指摘されていますし、各種統計や資料でも明らかになっています。
今更、これを否定する人はいないでしょう。
山岳会員の高齢化についても、同様です。
「年齢不問」にもかかわらず、「平均年齢55歳」。
登山者の高齢化、山岳会も例外ではないことを示す例のうちの一つではないかということです。
また、多くの山岳会がこれに近い状態になりつつあるのではないか、ということでもあります。
良し悪しを言っている訳ではありません。
現状を改めて認識しようというだけです。
山と渓谷の1月号にも、同様の記事が出ています。

次に「中高年女性」の件。
遭難者の統計では、女性の場合、50代60代に集中しています。
この年代の占める割合は、女性全体のほぼ8割にのぼります。
当ブログでもレスキュー協や警察庁の資料を入手した折に何度か触れました。
いずれもWEBで公開されているものです。
以下の資料(http://www.jma-sangaku.or.jp/jimu/docs/temp/%91%E6%82R%89%F1%8ER%8Ax%91%98%93%EF%8E%96%8C%CC%92%B2%8D%B8%95%F1%8D%90%8F%91.pdf)にはこんな言葉がありました。
「事故年齢の特徴
 ●51-66歳にかけて女性の事故者が集中する。
  この年齢層だけで女性全体の71%、男女全体では36%を占める
 ●男女年齢別の事故様態分布ではTop9位までが女性が占め、すべて転落である
 ●女性の場合、50歳過ぎから始めた人が多く、経験年数は10年付近にピークを持つ」
同様のことは、他の資料でも何度も目にしました。
今回の女性、ほぼこのパターンではないかと思ったわけです。
それで「象徴するものでは」と書きました。
これも山岳会の件と同様で、現状を見つめるということです。



>「こういう人がいるから死亡事故がおこるんだ。安易に山に入ってマイナスイメージつけるなよっ!」ってふうに読み取ってしまいます。

そうとられるとねぇ…。
「高年齢」「女性」、遭難や現在の登山者の状況把握のためのキーワードとして出したことは何度もあります。
ですが、「高年齢」や「女性」をもって、批判のためのキーワードとしたことは、ないはずです。
他の記事もお読み頂ければ、納得いただけると思いますが。。。

>「団体」「中高年の女性」というのは最近の登山事情ではキーワードになっています

これ、おーのさまの言葉で、全くそのとおりです。
ですが、これがそのままケシカラン!というのではありません。
そういう現状の中で、どうすればいいんだろうか?ということを考えたい、ということです。



>私は団体に所属してなくて、会社仲間で山歩きをしていますが、ひとりでは行けないとおもいます。
>こういう団体がなければ、行きたくても行けない方がたくさんおられるのではないでしょうか?

他の項でも書いたことがあるのですが、そういう団体の存在を否定しているのではありません。
初心者にとっては、とても重要です。
「連れて行ってもらう」、スタートの時点では全く問題ありません。
山を学ぶうえで、「連れて行ってもらう」は、かなり有効な手段だと考えるからです。

ただ、私が問題視しているのは、いつまでも「連れて行ってもらう」に、自らの意思でとどまり続ける人達なのです。
読図や気象関係、装備、食糧…無雪期の日帰りの里山歩きであっても、冬の3000メートルでも同じではないでしょうか。
レベルの高低にはあまり関係ないと思います。
当然、それぞれのレベルに応じて、程度や範囲は異なってきますが。。。

最初は、地図も読めないし、天気のことだって分からなくて当たり前です。
ですが、いつまでもその状態で山を続ける人に、たまらなく危うさを感じるのです。

この点についても、記事やコメントで何度か触れました。
お手数ですが、そのあたりを読んでみてください。

  1. 2006/12/19(火) 21:49:33 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

死んで本望とは残された者達の方便

ikukoさんへ

登山知らずが登山を語るべきではないでしょう。
自分は山歩き程度だと言っておきながら
勝手に「人生そのものだ」なんて決め付けて…。

ご自分でも言っておられるように、身勝手に生きて
身勝手に死にたい…。やれやれ勝手なお方だこと。

遭難しないための学習や実習など面倒くさいし
あれこれ考えることすら煩わしいから
なんでも運命で片付けておしまいなのでしょう?

実際に死に直面した時に素直にその現実を受け入れる
ことが貴女に出来ますか?
足掻くことなく、後悔に打ち震えることも無く?

愛情の薄い家族であっても、家族の死に手を尽くすこと
無く逝かれては悲しかろう。突然の死がもたらすものを想像されたらいい。
  1. 2006/12/19(火) 22:50:01 |
  2. URL |
  3. 素人A #-
  4. [ 編集]

Re:死んで本望とは残された者達の方便

素人Aさまへ。こんにちは。

>遭難しないための学習や実習など面倒くさいし
>あれこれ考えることすら煩わしいから・・・

この一節、「連れてってもらう」登山を繰り返す人に多いのではないでしょうか。
ツアー、団体、ガイド・・・その参加者の多くを占めるのではないかと思います。
その利点とされる「手軽さ」などと、密接に関わってくるのではないでしょうか。

また、「ベテラン」と呼ばれる中にも、結構いるのではないでしょうか。
かえって、慣れから「面倒くさい」「煩わしい」に流れている人もいるのでは・・・と思いました。
一歩間違えば「慢心」につながりかねませんね。

この言葉、私自身も胸に刻んでおこうと思います。
決して「面倒くさい」「煩わしい」に流れないように。。。
  1. 2006/12/20(水) 16:04:29 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

う~ん。

素人Aさんのメッセージを読んでみてなるほどというところがありました。
実際死に直面してそのまま受け入れられるかというくだり。
私などは絶対によう受け入れられないでしょう。生への執着は
とても強いですからとてもとても。遭難=運命なんて考えること
自体私にも理解はできないです。
安易に死んで本望という言葉は使うべきではないと思いますね。
それと山に連れて行ってもらうこと自体は悪くはないですけど
完全におんぶにだっこではほんと楽しくないんじゃないだろうか
と思っている一人です。計画だとか地図読みだとかそして判断であるとか
それを放棄するのは本当にもったいないし、なにかあったときに何も
できないのが一番怖い。まだまだ駆け出したところゆえ相当甘い
ところは私にはありますが仮につれていってもらうにしても個人で上るのだ
という気持ちで行かないと怖いですよ。それがたとえわずか300mほどの山で
あっても。
自立する姿勢って大事だと思います。本当にいきたければ自分
一人でも行くもんですよ。女性の場合は一人歩きは確かに危険なこと
も多いので一概にそうは言えないですが。近隣の低山を歩いている
単独行の女性の方は私が出会った範囲では実に自立した精神を
お持ちの方がほとんどでしたし。団体を否定する気はありませんが
団体にいても個人だという意識は持っているほうがよいと思います。
  1. 2006/12/20(水) 19:19:14 |
  2. URL |
  3. kazuo #-
  4. [ 編集]

Re:う~ん。

kazuoさまへ。

素人Aさまのコメント、ikukoさまに向けてのものです。
ですが、そこにもいろいろなものが、うずもれていますね。
他の方のコメントも、そしてkazuoさまのコメントだって例外ではありません。
こちらはいつも学ばせてもらってばかりです。

たとえ???なコメントでも、そこから考えることができれば、やはり学ぶ材料だと思います。

>安易に死んで本望という言葉は使うべきではないと思いますね。
>自立する姿勢って大事だと思います。
>本当にいきたければ自分一人でも行くもんですよ。

このあたり、まったくそう思います。

>完全におんぶにだっこではほんと楽しくないんじゃないだろうかと・・・

それでも楽しいと思う人が、実際にはかなりいるのが現状ではないでしょうか。
公募、ツアー、団体・・・そういったところには特に・・・。

標高は低いかもしれませんが、kazuoさまの姿勢、私にも見習うべき点があると思います。
ご自分のレベルで楽しんでいる、そんな気がしますよ。
  1. 2006/12/20(水) 20:28:43 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

いつお迎えが…とは非積極的な自殺だろう

死を目前にして足掻くことなく受け入れることができる人は
すでに相当の葛藤を経ている人だ。もう手は尽くしたか
尽くしたと思って諦めている人だ。それはつまり遭難で
死ぬのではなく、死を覚悟した危険行為の果て、自ら命を
絶とうという状態なのではないかな。自殺はできないが
遭難死を期待しつつ…というのは潔くない、と思うのだが。
シチュエーションを楽しんでいるのだろう。付き合わされる
方は堪らないわけだが。
  1. 2006/12/21(木) 00:21:35 |
  2. URL |
  3. 素人A #-
  4. [ 編集]

Re:いつお迎えが…とは非積極的な自殺だろう

素人Aさまへ。

私なら多分、最後までジタバタしそうです。
すべての手を尽くしたと(思ったと)しても、他に何かあるんじゃないかと・・・。
まあ、実際にそうなってみないと何とも言えない部分は残りますが・・・。

できれば、そんな状況に陥らないように・・・と、小心な私は思ってしまいます。

いずれにしても、「好きなことやってんだから」「いつかお迎えが」「本望」なんて考え方はできません。
まあ、死生観は人それぞれかもしれませんが・・・。


実際に自分の「死」を意識したことは何度かあります。
そのとき思ったのは、
「こんなところで死にたくないし、死んじゃいかん。ちゃんと帰らんと…」
ただ単にこれだけでした。
迷惑やら何やらの、難しいことは何も考えられませんでした。
大好きな山も「こんなところ」になってしまうほどでした。


山に行けば、普通の生活よりも高いリスクを負うことになります。
ですが、それでも山に行きたい。
当然、遭難の可能性はゼロではありません。
生死に関わるレベルのアクシデントにも遭遇しかねません。
場合によっては、極限の状態に遭遇することもありうるわけです。

そこに至ってしまえば、どんな理屈を並べたところで、最後に来るのは、死への恐れと、生への執着だけだと思います。
それがない場合、おっしゃるとおり、「非積極的な自殺」なのかもしれません。

ですが、そんな状況を、可能な限り事前に回避する・・・という意味では、考えることに大きな意味があると思うのです。

「付き合わされるほうは堪らない」
そのとおりだと思います。
  1. 2006/12/21(木) 21:06:56 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

昔話ですが・・・(長いです)

今、クライム中に相棒が墜落して死亡したと仮定します。このとき警察は生き残った方を徹底的に追求します。「殺人事件」の被疑者ですから。
あらゆる状況を判断してから事故になります。

今の人はどうなのか分かりませんが、30年以上昔、岩をやるときは首からぶら下げた折りたたみナイフを胸のポケットに入れているのが結構いました。もし滑落して万事窮すの状態の時ぶら下がった方が、苦しい状態で確保している仲間を楽にするために、自らザイルを切る。墜落のショックで伸びきったザイルに、刃をあてれば簡単に切れる。
少なくとも私は最初の岩場の時に先輩からそのように言われました。「これが最後の美学だ」と。

しかしザイルを自から切った遭難者は、私の知る限りいません。
私自身切れませんでした。切れるものじゃないです。どれほど苦しくても確保している方は必死に耐えているし、ぶら下がっている方はほとんど意識を失っているし、意識がある場合は生きることに必死です。
胸にぶら下げた折りたたみナイフも「都市伝説」だったのでしょう。私もヒロイックでした・・・

登山が人生そのもの。と考えて生きた人を何人か知っています。その全てと言って良いほど、結果は遭難死です。
登山が人生そのものと言うことは、生活そのものが登山となり、いわゆる平凡な生業に就くことができなくなります。そして登山を続行するために、スポンサー企業という「パトロン」を見つけます。または個人事務所を持って常にスポンサー探しをします。
そうなると「向こう受けがよい」厳しい登山や激しい登山をする先鋭的登山の方向に嫌でも進みざるを得なくなります。
そして、極北の山やどこかの北壁で死を迎えるのです。
そこまで進みきれずに途中リタイアした先鋭的登山者は「山ゴロ」になります。(語弊のある言葉ですが)

あと、「登山業に就職」した人も多いですが・・・

ですから「登山は人生そのもの」と言うことを突き詰めないでください。やはり「登山は遊びの一つ」で良いのではないでしょうか?
  1. 2006/12/21(木) 22:28:11 |
  2. URL |
  3. 元山男 #tLotD3lc
  4. [ 編集]

Re:昔話ですが・・・(長いです)

元山男さまへ。
こんにちは。

拝読した感想。
私にとっては、山は「遊び」で十分だなぁと、改めて思いました。
「特別な趣味」ではあるけれど、人生全ては賭けられません。
家庭を持つようになってから、より強くそう思うようになりました。

ナイフ・・・数年前から、首に下げなくなりました。
実際に、ザイル、切れるものではなさそうですね・・・。
  1. 2006/12/25(月) 11:16:15 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

お守りではありませんがお守りになれば・・

こんばんは
このサイトでは、非常にまじめにいろいろな問題がとりあげられており感心しております。それも、あまり専門家すぎず、いわば平均的な登山者の目でみておられるようで好感を持ちました。
ところで首から下げたナイフはお守りではありません。現在でも、クライミングする人に持っていくようすすめています。目的はロープを切って相棒を落とすためではなく、(まず確保者が自己脱出し、)ぶらさがった相棒のところまで懸垂下降し、振り分けにしたデージーチェーンなどで相棒を確保し、テンションのかかったロープを切断して相棒を懸垂下降しながら下ろすためです。テンションのかかったロープは女性でもごく簡単に片手で切れます。(反動がけっこうありますので相棒とのつなぎに遊びがあるとけっこう振られます)
ただし、今は首から下げないように指導しています。昨シーズンもアイスクライミングをしていた女性が、滑落し首から肩にかけていたスリングがつきでていたスクリューに引っかかり首吊り状態になり死亡するという事故がありました。良く回収したスリングを首にかける方もおられますが、首にはかけないようにしましょう。
なお、この自己脱出を含めたレスキューの講習は労山、都岳連、日山協などの無雪期レスキュー講習会で学べます。古い適切なロープがある時は実際に切って収容することも行いますが新品をバンバン切るお金がないので切らない場合もあります。日山協は参加するクラスに必要な技術があればどなたでも参加できます。
  1. 2006/12/25(月) 20:36:10 |
  2. URL |
  3. よかっぺ #1JQD0tfs
  4. [ 編集]

Re:お守りではありませんがお守りになれば・・

よかっぺさまへ。

首にかけると窒息に至る場合もある。。。
例の事故の教訓ですね。

ナイフ自体は首から下げてはいませんが、すぐに取り出せる状態にしてあります。
私はひも付きで、胸ポケットに入れています。
まあ、ザイルを扱わない場合には、ザックの中でもいいのでしょうね。
  1. 2006/12/26(火) 14:58:21 |
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