山道を行く

カラダとアタマと心。 すべて働かせるのが山の魅力でしょうかね。

【日々是好日201】 岳人7月号

第一特集、「『ひとりで山に行く』ということ」。
単独行について、比較的よくまとめられていたと思います。

女性特有のリスク。
男に生まれてよかったなぁと、ぼんやり思いました。
気をつけなければならないこと、それが対人となると、やはり気の重い部分があります。



パーティーを組むことと単独、ある意味では対極をなします。
それぞれが、ひとつの行き着く先の形なのかもしれません。
また、それぞれが通るべき道、と言った方がいいのかも。。。

パーティーと単独の、それぞれの経験を積むことで、本質が見えてくるモノなんだと思います。
考えることはできても、実際に体験することでしか分からないものもある、ということです。

単独行の経験を積むことで、パーティーの意味をより深く理解できる。
また、反対も同じことでしょう。

個人的にはその積み重ねから、「単独」or「3〜5人のパーティー」というのに収斂してきました。
経験したパーティーの人数は単独から50人程度まで。
2人というのは、よっぽどの相手でないと、心理的にしんどいモノでした。
また、人数が10人を超えると、リーダーであっても全員に目を配る自信が持てません。
リーダーでなかったとしたら、さらにもっと自信が持てなくなります。
単独、パーティーという選択肢はありますが、「団体」と言う選択肢は、私の中では消えてしまいました。

最初は漫然とそれぞれの規模を体験することになっていました。
行ける機会があれば、とりあえず行く、みたいな感じでしたから。。。。
はじめから考えながら経験を積んでいれば、もっと早く収斂したと思います。

考えることと実際に行動して経験を積むこと、車の両輪のようなモノなのでしょう。
もっともここのところは、行動する方が追いついていないのですけれど。。。。


自分よりできるヤツと一緒に行くと楽。
自分よりレベルが低いヤツと行くとしんどい。
確かにそのような部分はあります。
学生時代の部活や山岳会などは、その繰り返しです。
しかし、自分や組織の成長と言う意味では、異なるレベルの人間がいたほうがいいのですから。。。

一方で単独であることで、自分の力量のようなモノが見えてくる気もします。
パーティーだったら、仲間とワイワイやる楽しみがあります。
また、ザイルを出すようなルートには、怖くて一人では行けません。
パートナーがいてこその山になると思います。

単独で人のいないところに行ったら、自分以外に人間はいないので、人間に対する感覚のようなモノは働きません。
その結果、単独の方がより深く周囲の環境(自然?)に浸り込んでいるように思います。

ルートの攻略を目的とするなら、場合によってはパーティーであるべきでしょう。
ただ山そのものに浸りたいのであれば、やはり単独の方が向いているのではないでしょうか。

その山に何を求めるか。
いろいろな物差しがあっていいと思います。
どの物差しを使うかは、人によるでしょう。
ただ、物差しを多く持っている方がいいのかなと思います。





単独行の特集を読んで、単独だけでなくパーティーのことも考えてしまいました。

テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ

  1. 2008/06/22(日) 23:19:48|
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コメント

岳人7月号は読んでいませんけど、今まで単独か二人とかが多かったのですが、’07’08スノーシーズンはグループに合流する事が多く、考えさせられました。
仲間とと言う事で単独ではやや腰が引き気味になるエリアも同行してみたのですが、そこで常に心掛けたのは、「最終的に無理だと判断した場合、単独撤退」と言うことでした。
難しいのは、ややスキルが上の仲間との行動の場合、自分の技量や経験を引き上げてくれる時もありますが、まだ追い付かぬ所に入った場合、自分を危険にさらしかねないと言うこと。
特に、周囲の状況や地形、コースに常に気を使わないと、気が付いた時には撤退も出来なくなるという事です。
単独の場合、本当に無理は効きませんから常に気を張っています。しかし仲間やグループになると楽しい反面、そこの気配り(天候や風、日差しの変化)がやや甘くなる様な気がします。
「グループで行動であっても単独撤退もありうる」と心に決めていても、どこまでで決断するか。明らかに単独行よりも判断は緩く(状況は厳しく)なると思いました。

カバー範囲が広い分グループの方が経験も上がると思います。が、実は単独行よりも違うリスクがあると、今期は特に思いました。
ガイド登山にも同様なことが言えると思います。
自分の力量内(体力内)での撤退判断が甘くなる。
結果、山小屋に行き着けなかったり、戻る事すらも出来ない・・・。
単独とは違うリスク評価が必要だと感じました。

もちろん、ガイド等の場合にはクライアントの力量は把握してもらい、その上で判断をしてもらいたいものですが、募集の場合、クライアント側がコースの判断をまずするべきなのですがね・・・。
  1. 2008/06/24(火) 02:05:12 |
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  3. HOKUTEN #99DFA69w
  4. [ 編集]

HOKUTENさまへ。
お久しぶりです。

コメント前半を拝読して、「グループに合流する」というのと「パーティーを組む」というのは、大きな違いがあるのではないかと思いました。
というのは、パーティーにおいては、最もスキルの低いメンバーに合わせて、下山まで行動することになるからです。
途中から個人の判断による単独撤退があったとしたら、パーティーとしては崩壊している状態です。

HOKUTENさまのおっしゃるグループ。
単独を含む複数のパーティーが(一時的に)行動をともにしている状態と解釈しています。
となると、撤退もパーティーごとにならざるを得ませんね。
周囲にグループの人間がいるために、かえって「判断は緩く(状況は厳しく)なる」というのはご指摘の通りだと思います。

両者の違いがあるからこそ、あえて「パーティー」と言う言葉を避けておられるのでは・・・と推察してます。


コメント後半については、同感です。
共通する部分はあるけれど、単独には単独固有のリスクがあり、パーティーにはパーティー固有のリスクがあるのではないかと考えています。

ガイド等の問題は、やはり難しいですね。。。
実際に「えぇ〜???」みたいなツアーも散見されます。
ガイドツアー等のリスク管理について、クライアントが評価するのは、ちょっと難しい面があるのではないかと思います。
まあ、本来はクライアント側がそれを評価して判断すべきなんでしょうけれど、それすらもひっくるめてガイドする側に丸投げしているケースも多いのではないでしょうか。
事故時の対応や責任問題も含めて、まだまだ未成熟なジャンルだと思います。
  1. 2008/06/24(火) 14:00:54 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

お察しの通り・・・。
4人パーティーの場合、一人が撤退と決めたらパーティーが共に行動しなければ機能不全です。
グループの場合、単独行動者の合流と言う意味で一人が撤退して行動続行班と分かれても、基本的に個人山行同士という意味で機能不全には当てはまらない。
だから今回の話としては明確な責任者と言う意味でのリーダーがいる「パーティー」というくくりにはなっていません・・・。(よって記事本来の狙いからはズレてしまっているかも・・・。岳人7月号、改めて読んでみますね。)

単独行では自分の実力と言うものが客観的に見ても主観的に見てもおおよそ判る様になるし、それはガイド登山や募集登山に申し込む際のコース判断になるだろうと思うのです。
ガイド登山や募集登山は、クライアント側からしても(適正コースを探すと言う意味では)本当は気軽ではなく、結構難しいものであると思います。
何せ、行動が始まってしまえば単独撤退と言う選択肢はないし、全員の力量をお互いが知らずに(ガイド?添乗?も)行動するのですからね・・・。

>単独、パーティーという選択肢はありますが、「団体」と言う選択肢は、私の中では消えてしまいました。
私もそうですね。団体は行動人数から言っても微妙です。人数が多い分、行動が重くなりがちでかえって危険になる場合がありますからね。
で、お聞きしたいのですが、選択肢として「グループ」はどうでしょうか。山行予定を個人で立てたら同じコースを取ると言う事で、仲間と行動を共にするという場合・・・。
明確な責任者と言う意味でのリーダーではなく、例えばそこに何度か登っているツアーリーダー役の人がいるなどですが・・・。
それでも責任者を立てるか、この場合、管理人さんかどちらかが体調不良で単独撤退を決めた場合の行動決定など、等を含めて意見を聞ければ幸いです。
実はグループについて、今色々と今後も含めて考えているので・・・。
  1. 2008/06/24(火) 23:46:09 |
  2. URL |
  3. HOKUTEN #99DFA69w
  4. [ 編集]

私も管理人さんと同じように感じました。
一緒に行くと言うことと、パーティーを組むと言うことには天と地ほどの違いがあると思います。
同時に私はずっとパーティー主義でしたが、最近リーダーをしていて難しくなったのは、各個人の嗜好の違いです。昔なら同じ嗜好の人だけでパーティーが組めたり、嗜好が少し違ってもがまんがあったのですが、いまは自己主張しかありません
単独とパーティーの客観的リスクは種類は同じだが大きさが違うだけではないかと思います。
  1. 2008/06/25(水) 00:09:29 |
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  3. よかっぺ #1JQD0tfs
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HOKUTENさま&よかっぺさまへ。
まとめレスとなりますが、ご容赦ください。

パーティーとグループの違いについては、3人とも認識の食い違いはないようですね。

>記事本来の狙いからはズレてしまっているかも・・・

ご心配なく。
多少の脱線はいつものことですから(笑)。
そこから話しが広がることもあるので、管理人としてはオッケーです。

グループという形態が広がったのは、ネットの発達とも関係があるように思います。
従来型の発想からは広がりにくいモノだと思います。
私もよかっぺさまも、どちらかといえば古いタイプなのかもしれません。

単独で山に入ることの目的、個人的には「1人」で浸りたいということなのです。
自分の力量との兼ね合いは当然ありますが、閑散期を選んだり、人気の少なそうなルートを選ぶほどです。
ですので、単独の場合、私はグループという選択肢をとることはほとんどありません。
例えば、入山口や途中で同じ方向へ同じようなペースで進む人に出会ったとしたら、挨拶や情報交換は当然します。
ですが、休憩時間や移動ペースを調整して、なるべく「1人」であろうとしてしまいます。
いつものメンバーでパーティーを組んでいた場合でも、パーティー以外の人たちとは、なんとなく一緒に行動しないようにしてしまいます。

数少ないグループ形態の経験。
オフ会など、ネット上の知人たちと集まって・・・というものでした。
(HOKUTENさまのイメージしているグループとはちょっと違うかもしれません)
ただ、感じたのは、「人間に対して気を使う→疲れる」ということでした。
単独であれば、このストレスはありませんし、いつものパーティーのメンバーでも同様です。
HOKUTENさまご指摘の「判断の緩み」も、気になった点の一つです。

ちなみにウチのパーティーは、だいたいみんな同じような力量です。
ただそれぞれに得手不得手があり、それがパーティー内の共通認識のようなものになっています。
場面に応じて、リーダーシップをとる人間が変わるというのが日常的にあります。
便宜上、計画書上ではリーダーがいますが、実質はリーダー不在?の状態です。
この状態、今のところはうまくいっているのですが、問題がどこかにあるのかもしれません。

以上、HOKUTENさまの問いに対する答えになっていないかもしれません。
今のところ、「単独」「パーティー」という2つの選択肢で、私にとっては十分なのです。
いい換えると、「グループ」という視点を持っていないとも言えそうです。

「グループなんてケシカラン」などというつもりは全くありません。
正直に言うと分からないのです。。。。
もし可能でしたら、グループという選択肢を求める目的や理由といったものを示していただけないでしょうか。
また、グループとはどの時点から行動を一緒にするのかなどの、具体的なイメージを教えてください。
あわせてグループのメリット・デメリットも示していただければ助かります。
それらがあれば、考えを進める手がかりになるように思いますが、いかがでしょうか。


>昔なら同じ嗜好の人だけでパーティーが組めたり、嗜好が少し違ってもがまんがあったのですが、いまは自己主張しかありません。

嗜好の違いや自己主張などとの折り合いを付けるために出てきたのがグループという形態かもしれません。
「嗜好が同じもの同士でパーティーを組めばいいじゃないか」という考え方は当然あると思います。
ただ、それを進めていくとどんどん枝分かれして、最後はみんなが単独になってしまう????

既存の山岳会や学生山岳部ではこれまで、みっちりと「パーティー」教育のようなものを受けてきたのではないでしょうか。
(私もその部類ですね。。。)
そういう人たちの中には、グループという形態について違和感を感じたり嫌悪感を持つ人がいたりもすると思います。

ただ、グループのメリットやデメリット、注意点や問題点が整理で切ればなぁ・・・と思います。
  1. 2008/06/25(水) 12:28:14 |
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  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

私はある地域のまとめの山岳団体にも関与しております。自分自身、古いタイプと自覚しておりますが、新しい流れにも否定的ではないつもりです。
昔はパーティーというのは同じ会、仲間で組むのが通例でしたが、いまはスポーツクライミングの練習仲間という会を超えるつながりができつつあります。もちろんそれを否定する会もありますが、この流れは変えられないと思います。それはNET上の知人とは少し違います。NET上はあくまでバーチャルなつながりで実際に会うまで相手の力量はわかりませんが、クライミングの練習仲間はバーチャルなつながりではありません。登山のニーズの多様化に対応した形態かも知れません。地域のまとめの山岳団体がその仲介の役割を果たす場合も多いです。昔から海外に行く場合は、会を超えたつながりが容認されていましたが、海外と国内を区別する積極的な理由は無いので自然な流れと思います。
NET上の知人もオフ会的な安全許容量の十分なところからスタートしてお互いの力量を把握した上で、次なる目標にいく分には否定する理由はありませんが、NET上の自己申告だけでいきなり困難な目標に挑むのはリスクが大きいと思います。
グループを否定するのではなく、どうすれば安全を確保できるかという見方をしたいなと思っています。

  1. 2008/06/25(水) 23:56:50 |
  2. URL |
  3. よかっぺ #1JQD0tfs
  4. [ 編集]

少々長くなって申し訳無いのですが・・・

先スノーシーズンに私が参加したグループ

まず、そこに参加した流れから申しますと、声を掛けてくださった方は先々シーズンに一度同一エリアで出会って、話をしたのがきっかけです。その方から今期は単独山行の集まりとしてのコミュニティを作ったので、御一緒しませんか?と言う誘いがあったのです。
メインのその方と出会ったのは同一エリアだったので、ほぼ同じ力量かとの判断が出来ました。もちろん、出されている山行予定を見て、自分の範囲内で責任が負えるものとの判断をしてから同行を決定していますが、まだ他に会った事の無いメンバーもいました。
そこにいるメンバーは殆どがそのメインリーダーの声掛けや元からの知り合いで、知り合いを通して知り合うと言う形です。
(その割には >「人間に対して気を使う→疲れる」 と言うのは不思議と無かったです。いい面子が集っていたともいえそうですが・・・。)

初期以降はほぼ決まったメンバーになり、力量も見えて、コースで参加、不参加を決められるメンバーが揃っている事が判りました。まぁ、個人山行が出来る人に声を掛けているのですから当たり前ではありますが・・・。

そういう意味ではグループと言っても、実質リーダーが居ると言う意味ではパーティーとも言えそうです・・・。
ただ、メンバーの誰かが「この先の行動はしない」と決めたとしても、その考えを尊重し、同行を強く求めない。逆に、その個人の判断だけでグループ全体の行動を止めない、とも言えます。
個人山行の集合体であるのだから誰に同調する、もしくは誰にも同調しない、リーダーに付いて行けるなら付いて行くと言う判断も個人でと言う事は明確にあると言うことです。

さて、以下の質問に、私の個人的な意見としての答えですが、
>もし可能でしたら、グループという選択肢を求める目的や理由といったものを示していただけないでしょうか。
・パーティーの様に行動が強要されない。(学校に山岳部と言うものが無かったので勝手なイメージですが、かなり窮屈なイメージしかないので・・・。)
しかし、同行者(仲間)は欲しい。
特にテレマークや山ボードはゲレンデから山に移行する人が多く、山岳部に入るなど最初から山に関わる気が無かった人(私)も多いので、山岳会等に所属というのには敷居が高いと言う意識もありますかね。
あと、同じ力量、趣味(山スキー・ボード・テレ)で集りたいなど。でしょうか。

>グループとはどの時点から行動を一緒にするのか
多くは友人繋がりで集る事が多いです。直接は知らないが友人が知っているので同行するなど。
間接的にはレベルが見えます。
会った事の無い場合はブログなどの山行記録を見たり、無い場合にはコメント等でやり取りして、かなり軽いものから同行するなどでしょうか。(私は経験ありませんが・・・。)
今までは実際の山で知り合った人との合流が多いです。(じゃ、次は御一緒に・・・とか。)

>あわせてグループのメリット・デメリットも示していただければ助かります。
・これはもう、「何かで一緒に行動しなければ相手の何も判らない」と言うのが筆頭です。
・次が実際の行動においての欠点で、最大の欠点と言えるでしょう。
「単独撤退も自由だが、仲間と行動している以上、仲間とだから踏み込む領域が存在しているのに、踏み込み過ぎた場合の撤退も個人責任になる。」と言うこと。
例えばワンウェイルートの場合、ここからは行くしかないと言う場面もあるでしょうから、引き返し不可地点を自分で決めなくてはいけない。そこで判断を誤り行き過ぎた場合、単独撤退はありえなくなっています。
メンバーおのおのがメンバーの力量を知っている場合、その地点と思わしき所で声も掛けられるでしょうし、行くとなった場合のリカバリー(荷を担ぐなど)の分担も出来るでしょう。
個人山行の集まりと括ってしまうと、かなり危険度を増やす面があると言う事です。
まぁ、普通の神経を持っていれば助け合うでしょうけど・・・。
・あと、緊急連絡先のやり取りが曖昧になる傾向がある。
事故が発生した場合の親族関係への連絡先の共有が曖昧になりがちであると言うこと。
グループの場合お互いの連絡先を知っているだけで納得してしまう傾向にあるかも知れません。
入山届けを提出する習慣があればある程度防げますが・・・。

こうして見るとデメリットをクリアする方が難しそうですね・・・。
それでもグループを作るのは、仲間が欲しいからと言う、そこに集約されるでしょう・・・。
ただ、行動を繰り返すうちにメンバーが常連化され、パーティー形態に近くなる様な気がします。
上記の様な問題意識が出てくれば、集まりと言うグループは、より集約された(全体を思慮した)パーティーになるだろうと思っているのです・・・。
もしくは、その中から明確なパーティーを組む人が出るとかで。
ただ、それ以前のグループ状態で安全を確保するには、山行レベルを下げておく以外には無いだろうと思うのが現状です・・・。
上記の欠点(踏み込み過ぎた時のリカバーの無さ)は、あくまで個人山行の集まりとするグループだからこそ現れている事だと思うからです。
  1. 2008/06/27(金) 00:16:36 |
  2. URL |
  3. HOKUTEN #99DFA69w
  4. [ 編集]

長文はお互い様ですから。。。

よかっぺさま&HOKUTENさまへ。
まとめレスとなりますがご容赦下さい。

>自分自身、古いタイプと自覚しておりますが、新しい流れにも否定的ではないつもりです。
>どうすれば安全を確保できるかという見方をしたいなと思っています。

同感です。
結果として否定に回ることがあったとしても、その根拠を示す必要があると思います。
好き嫌いや主義主張の違いではなくて、どこが問題か、それぞれの立場で考えることが重要ですね。
否定・肯定という色分けではなく、グループを指向する側とパーティー主義の側と、それぞれから意見が出て考えることができればいいと思います。
そして、今、そこに向かっているように思っています。



さて、HOKUTENさまから、詳細な考察を頂くことができました。
これでずいぶんイメージがはっきりしてきました。

以下、私の感じたこと・考えたことを書きます。
誤解や勘違があれば、修正して下さい。

まず、グループに参加する人たちというのは、「単独を指向していない」ということです。
一方で、会やパーティーといった拘束はさけたいという考えも同時にある、と言う状態ですね。

「拘束・強要は嫌うけれど仲間がほしい」
これ、一昔前なら「虫がよすぎる」と、切って捨てられたかもしれません。

ただ、「虫のよい」方法があれば、それに越したことはないとも言えます。

この拘束を嫌う考えの広まり、既存の山岳会の求心力低下の一因でもあると思います。

山岳会の敷居が高い。
おそらくは、山スキー・ボードを指向する人たちのニーズにあった会が存在しない、もしくはあったとしてもその存在が知られていないことが一つの理由でしょうか。

手前味噌な話ですが、自分のことを少々。
私自身、例会やら会報編集やら役員やらがうっとおしいと思いました。
で、結局は仲間内で、自分たちのニーズに合った会を作りました。
山に入るときは必ずパーティーを組むのですが、会の雑務のようなものはほとんどありません。
ほぼ全員が学生・社会人の会の出身で、何度も一緒に山に入っているので、互いの力量は把握できています。
また、ここ何年も新人勧誘はしていません。
当初のメンバーは5人で、知り合いつながりで20人ほどになり、その20人ほどで固定されています。
ある意味では「虫のよい」話であり、HOKUTENさまのいうグループに近い状態ですね。

話を元に戻します。

以下、「グループ=単独行の集合体」と仮定します。
また、メリットがあることは十分承知ですが、デメリットと疑問点を中心に取り上げます。

HOKUTENさまご指摘の通り、グループの大きなデメリットの一つは曖昧さではないかと思います。
事故発生時の対応などは、その最たるモノでしょう。
パーティーの強固な連帯感(責任も含めて)は分かるのですが、グループの場合の緩やかな連帯感に、私自身が慣れないものだから、よけいにそう思うのかもしれません。

何度か現場で出会って(行動をともにして)、その行き着いた結果としてパーティーを組むという形。
よかっぺさまのいう「クライミングの練習仲間」と同様だと思います。
ここまできていれば、すでにパーティーです。

ただ、危惧する点もあります。
パーティー以前のグループの状態で、常にメンバー全員に対して「山行レベルを下げて」いる状態にあるだろうかという疑問です。
山岳会と比べると、互いの力量把握にも曖昧さが大きくなる可能性があるのではないかということです。
レベルを下げていないメンバーが混じっていたりはしないか?ということですね。

>入山届けを提出する習慣があればある程度防げますが・・・。

ここ、疑問があります。
単独行の集合体であるグループの場合、計画書はやはり個人単位でそれぞれが出すのでしょうか?
グループであった場合、事故時の連絡網のようなものは存在しないことになります。
(会組織などのパーティーなら、緊急連絡先(1カ所)から関係者に連絡が行き渡る)
また、一括で出す場合、それを受け取る側に、グループのあり方が認知されていないようにも思います。
まあ、「入山届けを提出する習慣」がない場合は論外ですが。。。。

また幕営を必要とするルートに入る場合、テントや炊事道具などは各人が各人のものを用意することになります。
これは、重量的に著しい不効率が発生することになります。
ただし、「単独撤退の自由」を確保するためには、この不効率を受け入れざるを得ません。
価値観の違いかもしれませんが、グループの方が損をしている部分が大きいように思います。

>テレマークや山ボードはゲレンデから山に移行する人が多く、山岳部に入るなど最初から山に関わる気が無かった人も多い…

さて、ここにもひとつ。
読図や雪崩、気象判断などなど、ゲレンデでは必要のない「登山の技術」があると思います。
ゲレンデから山に移行する人たちは、どこでその技術を学んでいるのでしょう?

独学でできないとは思いませんが、教えてくれるところ(会)できちんと教わった方が近道だと思います。
山岳部や山岳会に入るという近道をせずに(遠回りをして)、技術が未熟なままフィールドに出るとなると、不安な気がしますが、いかがでしょうか。
ゲレンデから山に移行するけれど、山岳会には入らないとなれば、講習会や登山学校などある程度の期間継続して、きちんと技術を学ぶ必要があると思います。
ですが、移行する人たちのうち、どの程度の割合でそれをしているのか、疑問が残ります。
ゲレンデから…という人たちへの、私が持つ不安はその辺にあるのではないかと思います。



同じ指向をもち、仲間がほしいけれど、よけいな拘束はいやだ。
グループという道には、デメリットも多くあり、それをクリアするのは困難だ。
そうなると、自分のニーズにあった会を作ってしまおう。
事故時の対応など、必要最低限の仕組みは整備する。
さらにその中に「登山の技術」を身につけた人を引きずり込んで、技術をつける。

そんな方向しかないのかもしれません。
実際に自分がやっているのはそれに近い形だと思います。
さすがに拘束ナシという訳にはいきませんが、かなりニーズに近いモノができるのではないでしょうか。

また、これ以外の方法もあるかもしれませんね。
グループという道は、どこかでパーティーにつながっている可能性がある、とも思いました。



  1. 2008/06/27(金) 23:38:34 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

私が周りを見た感じでは・・・
>会やパーティーといった拘束はさけたいという考えも同時にある、と言う状態・・・。
はあるようです。
私自身は合う山岳会に出会っていないのと、定例会(定例登山)が面倒と言う感覚があります。
もし自分が今後まとめたとしてもパーティー形式はとると思いますし、先先スノーシーズン以前に同行していた友人の友人は山岳会所属でパーティー形式でした。
私はそれでも特に違和感はありませんでした。
ただ、今回のグループで休日の遊びにまで組織に縛られたくないと言う意見もあり、グループを組む場合の理由としては多いと思います。

>「単独を指向していない」
確かにそういう人も居ると思いますが、単独で山に入っている人も居ます。単独には単独の、同一山行に同行する楽しさも、判っているから分けたいと言う意識もあるでしょう。だから組みたい時に、もしくは組んで行きたいツアー予定に参加、もしくは不参加と言う自分の意思をより反映させたいのではと・・・。
単独行リスクを避けたい場面、と言うのも理由としてありますね。

単独行の集団としての行動なので、殆ど個人装備です。幕営の場合はテントを分割しますが、食料、火器類は個人です。殆どの山行が日帰りなので、詰めて決めた事は無いのですが・・・、途中エスケープが存在している以上、非効率を受け入れる事になるでしょう・・・。


>パーティー以前のグループの状態で、常にメンバー全員に対して「山行レベルを下げて」いる状態にあるだろうかという疑問です。
ここが一番危険な状況の発生源となっています。そして事故が起きた場合、連絡先の共有とかも無いとか、山行に不参加メンバーへの連絡からの緊急連絡対応(事故発生の警察への連絡や、メンバー親族への連絡)などの曖昧な部分への問題に繋がって行きます。
ここをどうするか・・・、になるでしょうか。

「自分のスキルに合ったツアーを選ぶ事。」その一言だけで足りるのか・・・と言う点があります。
パーティとは違う点で、集ったメンバーによって柔軟にコース変更、とは行かなくなる可能性が残されても居ます。「個人山行の集まり」と謳い、提案者(リーダー)はそのルートに行く為に出したツアーだから・・・。(ま、人にもよるけど強行に変えない人も少ないとは思いますが・・・。)

次の連絡に関しては、私のグループでは今後メンバー情報のとりまとめと共用(緊急連絡先・本名・住所・保険の詳細)を進めるところです。一応、グループ所属と言う形にはなっていますから・・・。
と言うことは、今まで出来ていなかったと言う事です。もしかしたら多くのグループと言う形態ではやっていない可能性は高いです。
不参加メンバーへの下山報告は、モブログなどでの山行速報(ネット的ですね(^^;))で得ていましたけど・・・、明確なものが必要でしょうか・・・。
(ちなみに、あの新井氏の事故(単独)も、ブログが更新されていないと言うのが一報でしたね・・・。)


>ゲレンデから山に移行する人たちは、どこでその技術を学んでいるのでしょう?
詳しくは判りませんが、どうも感覚的に怖い事に・・・、多くの人はその場の経験と本だと思います・・・。調べては居ませんが、一度でも講習を受けた人が30%切っていなければいいな・・・と言う程度だと思います。
実際、あっぶねぇ〜って言う行動を何度か見ていますし。
私はセルフレスキュー講習を受けましたが、実際まだまだ足りないと実感しています・・・。
気象に関しても・・・、曖昧じゃないでしょうか・・・。


>同じ指向をもち、仲間がほしいけれど、よけいな拘束はいやだ。
グループという道には、デメリットも多くあり、それをクリアするのは困難だ。
そうなると、自分のニーズにあった会を作ってしまおう。
事故時の対応など、必要最低限の仕組みは整備する。
さらにその中に「登山の技術」を身につけた人を引きずり込んで、技術をつける。

うちのグループでも徐々にそんな流れになっています。参加者が常連化して来ているのもあり、仕組みを整備しようと言う動きもあります。事故に対する危機感がそうさせているからでもあります。
もし事故の危機感が以前のまま薄ければ、今まで書いた問題点も流していた可能性があります。
そして、そういうグループも、恐らくそこそこ存在しているのではないかと思います・・・。


文にまとまりを欠いていますが・・・、グループ山行形態としての盲点や問題点。それを自覚しておくこと、知ること。
都合よくグループで行動するなら知っておくしかないでしょう。
危機感が募れば緩くてもパーティー形式をとる様になって行くのでしょうね。
あくまで、入り口の形態とも言えるのかなと思います。
決してこれでレベルを上げてはいけない・・・。でしょう。
  1. 2008/06/28(土) 02:58:22 |
  2. URL |
  3. HOKUTEN #99DFA69w
  4. [ 編集]

HOKUTENさまへ。


まず「単独を指向していない」ですが、「必ずしも単独を指向しているわけではない」ぐらいに修正しようと思います。

>グループ山行形態としての盲点や問題点。それを自覚しておくこと、知ること。
>都合よくグループで行動するなら知っておくしかないでしょう。

グループという形態を選択する際に、盲点や問題点を自覚することとしないことの間には大きな違いがあるのでしょう。
まあ、これはいかなる形式についても同様かと思います。

>危機感が募れば緩くてもパーティー形式をとる様になって行くのでしょうね。
>あくまで、入り口の形態とも言えるのかなと思います。

なるほど。
行き着く先や終着点ではなく、途中段階であるということですね。
すごく納得しました。
ただ、途中であるが故の未熟さもあるということでもあります。
それを一つずつクリアしていくこと、これはこれで(個人的には)楽しんでできる作業だと思います。


HOKUTENさまもすでにお気づきですが、「登山の技術」をいかに身につけていくかがグループの発展に欠かせない点の一つと思います。
本や現場の経験だけというのは、私もやはり危ういと思います。

たとえば、山に入る以上、ビバークもありうるものと想定しておく必要があります。
純粋な意味での登山であれ、山スキー・ボードであれ、これは同じことです。
雪山でビバークをせざるを得ない状況を想定した訓練を何度かしました。
サブ行動中のため、シュラフ・マットなしという状態でです。
疲れた体で安全に一夜を明かすための雪洞を掘るのが、実は簡単ではないこと。
比較的簡単に掘れてしまうタテ穴式雪洞が、結構寒いこと。
吹きさらしの中でツエルトをかぶるだけなら、もっともっと寒いこと。
ビバーク明けは、かなり消耗していること。
実際に訓練という疑似体験ではありますが、多くのことが分かります。
もし実際にビバークせざるを得なくなったとしても、訓練の経験が確実に生きてくると思います。
場合によっては、その差が明暗を分けるケースだってあるかもしれません。
また、1回訓練をすればOKというわけでもないようでした。
2度目、3度目になってくると、前回までに気づかなかった点が出てきますから。。。。
まあ、ビバークするしかない状況に嵌り込まないようにすることが第一であることは言うまでもありません。

このような点、ビバークに限らずいろいろとあるのではないかと思います。
ゲレンデからの移行組や無所属で通してきた人たちが、このあたりをどう考えているのでしょうか。
「楽しむ」ことが優先されるあまり、必要な技術・知識・経験が置き去りにされてはいまいか、と危惧してしまうのです。

下山連絡の手段、「ネット的」でも問題ないと思います。
きちんと確実に伝わればいいだけのことで、手段はなんでもいいと思います。
新井氏の事故通報、ブログが関係していたことは興味深いものでした。
新井氏自身がネットの世界にも深く関わっていましたが、その一方で東大山スキー部というバックボーンがあることも忘れてはいけません。




私自身は今のところグループという方向をとることはないと思います。
そういう意味ではHOKUTENさまとは反対の立場にいるように思います。
ですが、デメリットや問題点に対する認識に大きなずれはないように感じました。

いかなる形式をとったところで、必ずデメリットは存在します。
他の形式のよいところをうまく取り込んで解決できるなら、その方法を探るべきでしょうし、根本的に解決できないのであれば、それを織り込んだ上ので判断をする他はないと思います。
また、よいところを取り入れるに当たって、それに付随する(例えば拘束のような)ものがある場合もあるでしょう。



>うちのグループでも徐々にそんな流れになっています。
>参加者が常連化して来ているのもあり、仕組みを整備しようと言う動きもあります。
>事故に対する危機感がそうさせているからでもあります。

それぞれが真剣に考えているのであれば、いろんな議論がメンバーの間ででてくると思います。
今いる場所からよりより方向へ少しずつでも進むといいですね。


発端や指向する方向など、シチュエーションは全然違うのですが、なんだか、自分たちが会を作ったときのことを思い出しました。
20年近く前の話ですが、いろんな議論が出て、離れていった人もいましたが、今思えば、充実していたと思います。
当時は全員が絶頂期でもありましたが、今でも途切れることなく続いています。
グループの新たな動き、一生モノの仲間になっていくチャンスかもしれませんね。



  1. 2008/06/28(土) 23:10:39 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

色々勉強になりました

書いているうちに色々と考えがまとまってきました。
今の形態が違うだけであって、「反対側」とは思いませんが・・・(^^;

雪洞で泊まった事はありますが、4人が普通に過ごせる大きさに掘るので、その時は2時間半掛かりました。それに、外は−15℃で確かに「外よりは暖かかった」が、それでも火を消せば0℃を下ります。
「掘るのに大変体力を使う」「暖かいが、あくまで「外よりは」」「湿度が高く、濡れ物は乾きにくい」と言う点は、やらなきゃ判りません。
まともに掘れたとしてもシュラフ無しで過さなくてはならない場合を想像しただけでも・・・。

川での事故等の時にブログで「想像力の欠如」を書いた事があります。
「予測」とも言い換えられると思います。
多くの遭難の分かれる点だと思っています。
「気付くか・気付かないか」「知っているか・知らないか」
大きいと思います。

>いかなる形式をとったところで、必ずデメリットは存在します。
他の形式のよいところをうまく取り込んで解決できるなら、その方法を探るべきでしょう・・・

今のメンバーはきっと、色々考えるでしょう。
管理人さんの20年前と同じように、
>いろんな議論が出て、離れていった人もいました・・・
と言う状態にもなるかも知れません。
ただ、問題点があり、事故を防ぐこと、防ぎたいと思う気持ち。これは同じなので良い議論が出来ると思います。

ここで話せた事、とても有意義でした。
また何か参考に意見を伺うかもしれませんが、よろしくお願いします。
  1. 2008/06/29(日) 00:58:58 |
  2. URL |
  3. HOKUTEN #99DFA69w
  4. [ 編集]

Re:色々勉強になりました

HOKUTENさまへ。

ここでの対話が参考になれば、これほどうれしいことはありません。
私以外にも考えている人は多いと思います。
いろいろな人の意見や考えを参考になさってください。
ここで出てこなかった視点、きっとあると思います。

正直に言えば、グループとかゲレンデからに移行組に対して、否定的になりかかったことがありました。
「否定しているわけではないけれど」と言いつつ。。。
ですが、ここで出てきた話から、ニュートラルな立ち位置に移れたように思います。
そういうことを真剣に考えている人もいる。
これまで持っていたマイナスのイメージを修正せざるを得ません。

私にとっても収穫のあるものでした。
グループ内での議論、実りのあるものであることを願います。
  1. 2008/06/29(日) 09:53:38 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

長いスレになっていますので、感じたところのみ少し。


・グループとパーティ
登山はもとより個人的な行為なのではないでしょうか。しかし、それではリスク対処に限界もありますし、また課題をクリアするにも仲間は必要です。アルピニズム勃興の頃から、誰と組むか? というのは大きなテーマだったかと思います。

そして、ヒマラヤ・ジャイアントを目指すにあたり、チーム(隊)を組織する必要があり、それが、今の皆さんがお話されているパーティなるもののスタートなのではないでしょうか。


ネットや山で知り合って、山行を共にする、、、という形態の中で、途中離脱等の問題がある。それはわかります。でも、それはグループとかパーティという集団名の問題というより、その集団が共通ルールを持っているか否かだけなのでしょうか。

そうした前提の共通事項よりも、同じ山に行くから、、、というあたりを優先して考えているのではないの? というご指摘であると感じました。


私の考えとしては、最終的には、個であろうと思っています。個から集団を考えるか、集団から個を考えるか、の違いと言えるかと思います。

たとえば、しっかりした個を持っていれば、ビーコンを持たない、という人とは一緒には山に入りません、という判断になります。しかし、集団であっても教育が行き届いていなければ、ビーコン持たない人がいてもパーティを組みます。上ホロの日本山岳会はその典型でしょう。

個があり、仲間がいて、集団となる、という方向性を、私は考えています。よって、単独行は、登山という行為を考える出発点であると思っています。それゆえ、集団の論理側から、個を捉えていくには、違和感があります。



・ゲレンデから山のユーザーへ
ブログなどを探せばわかりますが、何人か集まりチームを作って、地道に訓練している人たちも沢山います。みんなでお金を出し合って、ガイドに講習をお願いするわけです。

また、皆さん、自分たちは山のスキルないことを分かっていますから、最初はガイドツアーを使うわけですね。そして、熱心に山に行く人は、そのガイドが実施しているスキル講習会に参加する。そうやって5年前はバンピーなゲレンデ・ユーザーだった人が、いっぱしのバックカントリースキーヤーになっていきます。

もちろん、危なっかしい人もいます。でも、それはそれとして考えるしかないでしょう。致命的な時を経験する前に、何かしらの啓発の機会に恵まれればいいなと思います。その意味で、ここも役に立っていると思います。


故新井氏のことが書かれていましたが、異変に気づいたのも、遺品回収も、彼の友人達が行っています。しのぶ会が先日ありましたが、参加された方は知っている話です。組織に所属していたことのメリットが生かされたわけではありません。


未組織登山者という言葉が嫌いです。差別用語だとさえ思っています。登山が個に根ざす行為であるなら、組織に属するも、属さないも、その人の自由ですし、その判断は尊重されるべきです。

しかし、未組織登山者という言葉には、そうした選択の自由を認めない嫌らしさがあります。しかし、集団側から個を見ている人からは、登山者は組織に入るのが正しい、と思っているのでしょうね。うっとうしい話です。
  1. 2008/07/02(水) 19:05:14 |
  2. URL |
  3. gp #L9FLFt/w
  4. [ 編集]

gpさまへ。

前半の部分、よくわかりました。
そういう整理の仕方もあるんですね。

れっきとした会のパーティーでも機能不全を起こしているケース、往々にしてあります。
会という組織であること、パーティーという名称であることに関わりなく起きている事故もありますからね。

新井氏の件。
事故後の件は知りませんでしたが、彼自身は組織の中で山の技術を身につけたのではないかと言うことが言いたかったのです。
さらに彼自身は「監督」という肩書も持っていました。
組織のメリットというものを、彼自身も認識していたのではないかと推測するのみです。

未組織登山者という言葉。
そういうふうにとらえている人がいるとは、少し驚きました。
私自身、差別的な意識はないままに使っていましたが。。。。
ウチの会自体がどこにも属していないので、私も分類上は未組織ということになるのかな?

仲間がほしい場合、どこかの組織にはいるか、自分たちで組織を作ってしまうというのも選択肢のウチだと思っています。
いずれにしても、それぞれのメリット・デメリットを認識した上で、方法は各人が選択するということになると思います。

まとまりのない文章が続いていたのですが、わかりやすいまとめ、助かります。
  1. 2008/07/04(金) 00:08:44 |
  2. URL |
  3. 管理人 #-
  4. [ 編集]

未組織・組織・単独登山

未組織登山者というのは、組織登山者から見た組織に入っていない登山者のことで差別用語というほどのことはないと思います。
昔は、事故の死亡率(死亡者/事故者)が50%を越える時代があり、何とかせにゃあかんという時代に組織に入れて安全教育をすれば事故が減るだろうという発想で組織化がはかられた時代があり、その名残かも知れません。(実は都岳連の死亡率がいまだに50%くらいあります。)
ところが組織の中の教育がかなりの部分で崩壊しております。まだ、がんばっているところもありますが、多くの会や部が仲良しクラブになりつつあります。中高年の組織ができても、その中で教育や指導者がまわりません。組織、未組織関係なく教育のない状態ともいえます。よりハードに登りたい人は組織では学べないので飛び出しています。一緒に登ったり、訓練する仲間がいるか、いないかということの方が組織、未組織より重要なのかも知れません。

gpさんの言われるように登山は個に根ざすところもあるかも知れません。私は小学校や中学校時代から友達とハイキングに行ってましたので、単独で登り始めたのは一通りの技術を組織で身につけてからだったので、最初からパーティーで登っていましたのでそのことに違和感はありませんが、強制すべきものではないと思います。それぞれの人の考えで良いと思います。

ただ、登る対象をステップアップしていく登山にあっては、単独のリスクというのはかなり高いと思います。今年も警察庁の事故データがでましたが、単独遭難者は509人で人数比で28.2%です。件数比では34.3%です。事故の3分の1は単独、しかも死者行方不明が24.6%、全体の死者行方不明は14.3%です。しかもどこを登ったのか捜索範囲が絞れない遭難が多い。出勤してこないから始まり初動が遅れるなど、単独登山は何らかの対策が必要な気がします。
  1. 2008/07/05(土) 19:40:42 |
  2. URL |
  3. よかっぺ #1JQD0tfs
  4. [ 編集]

Re:未組織・組織・単独登山

よかっぺさまへ。

>一緒に登ったり、訓練する仲間がいるか、いないかということの方が組織、未組織より重要なのかも知れません。

最後はそこに尽きるのでしょうね。。。。
既存の会でも、ご指摘の通りのようです。

少し前の話ですが、知人のいる会が、不幸にも小さな事故を起こしてしまいました。
創立ン十年の、いわゆる「伝統」のある会です。
その知人が、再発防止のために問題点と反省点を洗い出し、それに基づいた訓練プログラムの導入を訴えたところ、会幹部たちから猛反発を受けたそうです。
「今さら済んだことの責任をほじくり返すと、会員の間の和が乱れる」
「訓練を強化すると、『楽しむこと』を大半の会員が望んでいる以上、離れていってしまう人が続発する」
というのが、主な理由だったようです。
結局、彼はその会をやめてしまいましたが。。。。

実際の会やクラブなどの組織。
そんなふうになっていっているところも多いように思います。

「楽しむこと」が最初にあるのは当然ですが、「楽しむためには」というのが置き去りに…。
既存の会が仲良しクラブ化し、そちらに流れていっている。
その一方で、組織に入らず「楽しむこと」を追いかけていた人たちが、安全について考え行動するようになりつつある。
現状はそんなところなのかもしれませんね。。。。



昨年分の警察庁まとめの事故統計、まだ目にしていません。
警察庁HPにもまだ出ていないようですので、目を通すことができたら、また考えてみたいと思います。
  1. 2008/07/06(日) 22:33:43 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

Re:未組織・組織・単独登山

週末は山にいっており返信おくれました。

新井氏が組織の中で技量をつけたかは、わたしには知るよしもありませんので、なんとも書きようもありません。想像の範囲としては、管理人さんのおっしゃる通りかも知れません。


未組織登山者という言葉が使われる文脈が、実態にあっていない、もしくは事実を担保していないのではないか、という状況で使われ、それによって、現状に合致していないイメージが流布していることを指して、差別的と表現しました。

労山と日山協に所属している方で7万人弱でしょうか。一方、登山人口は800万人とも言われています。この人口バランスで事故があった場合、もし同じ事故発生率であったとしても、組織に所属していない方の事故のほうが実数としては多くなります。

注視される大きな事故があれば、報道され、メディアでは組織の方が「未組織の登山者の事故が多いのですよ」と発言します。「組織に入っていないから、訓練を受けていない」という表現もよくあります。そこで流布するイメージは「山を甘くみている未組織登山者」というものです。

しかし、過去の返信の中にあるように、組織に所属しているといっても、個々でかなり差があるのが実情ですし、仲間同士のグループであっても、積極的に訓練している人たちもいます。よって、このような現状を、単純な二分法で区別するのは、実態に合っていないと思うわけです。


分母の数の違うものを比べるのであれば、発生数ではなく、発生率という指標を使うべきかと思います。しかし、どのぐらいの人数が山に入っているのか、把握できないので、発生数のみでの議論になりやすい、という面が大きいのだろうと思います。であるならば、そうした限界性の中にあるということを、発言者は留意すべきだと思うのですが、そのような思慮のある表現に出会うことが、ほとんどない、という感じが致します。



単独登山にはプラス面とマイナス面がある、というだけかと思います。それは10人という集団での登山でも同様かと思います。

単独登山の明らかなマイナス要素は、事故発生時の対処の問題でしょう。どこにいったか分からない、というのは、単独であろうと、集団であろうと、登山届けを出していなければ、同じかと思います。もちろん、集団であれば、他の人が動くことで、居場所の把握が可能となるプラス面もありますが、それがいつも可能であるとも限りません。

一方、現場でのリスク判断については、単独のほうが集団よりも、慎重な判断をする傾向があります。これは、心理学の分野で同種の研究が多数あります。これは単独のプラス面であり、集団のマイナス面だろうと思います。
  1. 2008/07/08(火) 08:38:04 |
  2. URL |
  3. gp #L9FLFt/w
  4. [ 編集]

gpさまへ。

今、昨日(7日)に入手した第5回山岳遭難事故調査報告書を読んでいます。
(50ページ超、じっくり読んだ後、記事をアップするつもりです)
その報告書によると、組織登山者というのは日山協、労山、都岳連、日本山岳会に入っている人のことで、約8万人とされています。

>発生数ではなく、発生率という指標を使うべきかと思います。

この率に関する話、ここのブログ上では何度か指摘してきたのですが、レジャー白書ぐらいしか登山者総数を示す数字が公式には存在しないようです。
ご指摘の通り、発生件数のみで語られていることが多い印象を、私も受けています。
(特にマスコミの報道で)登山者総数やその年代別データなど、母数になるべきデータがないままに「中高年の・・・」というのばかりになっているように思います。

以前、自分なりに率を計算してみたことがあります。
すでに見ておられるかもしれませんが、参考まで。
http://yamayakenta.blog51.fc2.com/blog-entry-242.html
組織・未組織の遭難数についても書いてみました。
http://yamayakenta.blog51.fc2.com/blog-entry-244.html

単独、集団それぞれのプラス・マイナスについては同感です。

ここまでのコメント欄について言えば、よかっぺさまとgpさまと私と、あまり大きな認識のずれはないように思いました。
  1. 2008/07/08(火) 13:51:51 |
  2. URL |
  3. 管理人 #MAyMKToE
  4. [ 編集]

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